文房四宝の最近のブログ記事

萬年筆

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先週、愛用の萬年筆を2本一度に失いました。

数年前に萬年筆病を煩い、知らず知らずのうちに両手両足の指の数以上に。萬年筆が増えるたびにインキが増え、インキが増えるたびにペンが増える、そんな具合であれよあれよと・・・

以前の仕事は事務職だったので、それなりにペンを使うことはありましたが、仕事のためと言うよりも勉強道具として(モチベーションアップのため?)買ったはずなのに、勉強そのものよりも道具集めのほうに夢中になってしまって。

そういえば、勉強するしないに関係なく、教材のたぐいを買い集めているのもまた同じ現象かもしれません。勉強のための道具のはずが、いつのまにか道具そのものが蒐集の対象になってしまっていた、それと同じです。

「萬年筆病」と「古書熱」はある意味「持病」みたいなものです。

震災があって、その後引っ越すことになったため、古書も萬年筆も半分ぐらいに減らしました。

書物は引っ越し荷物を減らさなければならないという切実な事情があったので、いくらかはやむを得ないかなとも思いますが、自らの意思で手放したことが悔やまれて仕方がありません。私は新刊書のたぐいにはあまり興味がなく、手元にあるモノの大部分が古書なので、一度失うと同じモノを揃えるのはかなり難しい。それにこういったモノは買うときは結構高いくせに、売ろうとするといくらにもならない、下手をすりゃゴミ扱いだったりするわけで、なんとも複雑な心境です。(私にとっては価値があるのですが、世間一般から見たらどうでもいいようなものなのかもしれません)

萬年筆を手放したのは震災の直後でした。震災で一瞬にしてすべて失った人が大勢いるのに、必要以上にモノを持っていることに罪悪感を覚え、半分ぐらいを買い取ってもらいました。

それでも10本以上残っているのですが、普段使いとしていつも持ち歩いていた2本を一瞬にして失いました。仕事場で資料を棚に戻すときに引っかかって落ちたのか、あるいは・・・

あの日、道を歩いていたら突然ぶつかってきた人がいて、その直後にポケットを見たらなくなっていた。いつもシャツのポケットにさしているのに見当たらないのです。ぶつかった瞬間に抜き取られたとしか考えられません。何とも腹立たしいというか、いったい何が起こったのかも分からないくらい呆然となってしまいました。

なくしたものはパイロットのカスタム743ウェーバリーと初代エラボーの極細(SEF)。

743は現行品だから買えないこともないけれど、そういう問題じゃない!あれはいつ、どこで、誰から(店員さん)買ったかまで覚えている特別なモノなのに。それにエラボーは現行品は買えるけれど、初代のとはちょっと違う、だから代替品として新しく買う気にはなれない。

そんなわけで、今はほかのものを使っています。それぞれ愛着があるものなので、それでも不満はないのですが、とにかく失ったことが悔しい。

過去に自らの意思で手放したのとはわけが違う。古書にしても萬年筆にしても、持ち主にとってはかけがえのないもの、それをこんな形でなくすとは・・・

あれから一週間たって、まだ現実を受け入れたくはないけれど、ようやく気持ちが落ち着いてきたかなといったところ。モノに対する執着心が喪失感を増大させる、本当に必要なモノ以上に持つことがそれをいっそう大きくさせることに気づきました。

萬年筆を無くしたのとほぼ同じく、メインで使っていたPCの調子がおかしくなり、やむを得ず新しいモノに買い換えました。PCは萬年筆や古書のような蒐集の対象にはなりませんが、買い換えればすんでしまうような消耗品のような扱いでいいのだろうかと、ちょっと疑問に思ったりもしました。

さらに、PCにあったメールデータも消えてしまい、あれもこれも失うという事態に。

そんなこんなで9月の末から10月のはじめにかけて、いろんなモノが消えていきました。

とほほ・・・

筆圧測定と性格診断

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先日、「筆圧」を初めて測定した。「血圧」ではなく、「筆圧」。

萬年筆で自分の名前を書くだけのことだが、筆圧や速度、クセなどを測定して、お勧めの萬年筆を紹介する、そんなイベント。

測定に使った萬年筆が、普段使いのペンよりも堅めの細字だったので、いつもよりも力が入っていたような気がしたが、
それでも男性の平均値よりも遙かに筆圧が弱いことが分かった。

小学校から大学の頃まで、ほとんど鉛筆で、その後は萬年筆がメイン。ボールペンはあまりなじめなかった。いまは軽い書き味のペンも多いが、複写式用紙でもない限りほとんど使わない。

診断結果によると、
◆筆圧は低い(平均値の半分かそれ以下。自分のペンで書いたら更に低いかも)
◆書く速度は普通(緊張したのでいつもよりはゆっくり書いたつもりだが)
◆字の大きさは小さい(言われなくても自覚しています)
◆字の形は丸くも角張ってもいない、(確かに、角張ってはいません)
◆クセはない(極端なクセはありませんが、美しくもありません)

測定に書いたのが自分の名前だったので、一番頻繁に書く文字というわけ。とは言っても、人前で、機械が測定するとなると意識してしまって余計な緊張が。芳名帳に記名をするのと同じような気分。

それはそうと、「あなたの手に合うペンと性格」というのがあったのでご紹介。
性格は「熱血世話好き型」だそうだ。
曰く
「社交性に富み、他人の世話や面倒をよく見る方。やや気分にむらな所が有り、時にオーバーな行動で馬力を出します。適応性が良く、善意に満ち、感情的ですが、行動は活発で万事が積極的で実際派の方です。」
だそうだ。

自分では判断できないので、第三者の意見を聞いてみたい。

「手に合うペン」は細字、細軟、中細軟、中字軟。これはあっていると思う。

萬年筆に凝り出して数年。この間20本以上に増えてしまったが、細字、中字、太字にかかわらず、ペン先は柔らか目のモノばかり。

試筆をしてから購入するわけだから、相性が良くないと思ったものが手元にあるわけはない。(コレクション的な考えは全くなく、使うことが前提なので。その割には多すぎ?)

その日の気分や、書く内容によってペンを使い分けるのだが、最近は特にやわらかいペン先のモノを選ぶようになった。

そして最近、極細のやわらかい萬年筆と出会ってしまった......

もともと「小さな」字を書くので、細字(できれば極細)の萬年筆が欲しいと思っていたが、これ!というのはなかなか見つからず、手元にあるモノで良しとしていたのだが......

中古ではあるが、値段以上の書き味に大満足。書き味があまりに軟らかいので、これまでよりも力を抜かないと使いこなせない。まだ何日も経っていないので、慣れていないだけかも知れないが、慣れてしまったら他のペンに戻れないかも?

人がペンを選ぶのだが、モノによっては、人を選ぶペンもあるそうだ。筆圧を考えたら、このペンも一般向けではないかも知れない。

通常は萬年筆が使う人の癖にあったモノになっていくのだが、
これは人が萬年筆にあわせるべきモノなのかも......

萬年筆に似ている?

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今年の最初の日記が萬年筆の話だった、ので、最後の日記も萬年筆の話題に。

つい先日の話。

メールのやりとりをしている中で、たまたまフクロウの話が出たのだが、フクロウの蒐集家がどことなくフクロウに似ているという。

蒐集しているうちにそれに近づいてきた証拠だろうとコメントしたら、(萬年筆を集めている)私は萬年筆ににているのでは?と突っ込み。

なので、次のように返した。(直接会ったことは一度もない人同士のやりとりとして読んで下さい)

◆ここから◆
最初は取っつきにくい反面、使い慣れてくると手放せない、使っているうちに、その人の癖にあったものになっていくという点では。メンテナンスにちょっと手間がかかるが、それもまた愉しみのひとつ、何より、大事に使えば一生モノ。

持っているだけで、周りから尊敬の念を抱かれる存在感、見た目は地味だけどペン先は14K、能ある鷹は爪を隠すとはこのこと。

ほらね、どことなく似ているでしょ。
◆ここまで◆

自分で書いておきながら、恥ずかしいのだが、分かる人には分かるかも?

いかがでしょうか?

セピア色の

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相変わらず調子は良くないが、どうせ工房作業をするだけの気力もないので、ちょっと外出。

丸善日本橋店&丸の内本店をはしごする。どちらも書籍と文房具を扱っているので、時間があるときはのんびり過ごす。

日本橋店の入り口横のポスターが12月バージョンに。いせひでこさんの「ルリユールおじさん」にある挿絵、女の子が本を大事そうに抱きかかえる絵。

クリスマスのプレゼントにとっておきの本を、といったメッセージ。店内の一角で、おすすめ本がいせさんのイラスト入りカードで紹介。つい見入ってしまった。

そのあと、萬年筆売り場でセピア色のインクを発見。「萬年筆用丸善アテナインキ」箱の色は明るい緑色だが、中のボトルはなんとも渋い。

先週届いた萬年筆友の会の案内によると、大正初期のアテナインキの復刻版、ただしセピア色は新規に調合したとのこと。

木軸万年筆にいれている色彩雫の「山栗」や「土筆」とは微妙に違った落ち着いた色。

古い洋書にペンで書き込まれたインクの跡で、こんな色をみたような気がする。さて、どの本だったか......

このセピア色が気に入ったので、今日持っていた丸善オリジナル"Athena the Pen"を売り場で洗浄し、その場で入れてもらった。

万年筆もAthena、そしてインクもAthena。

クリーム色系の便箋にセピア色のインクがしっくりくる。なんだか、何年も前の手紙を見つけた時のような感じか。

むかし、ある人からコピーを頂いたジャック・フィニィの「愛の手紙」。引き出しの中にしまってあった、「愛の手紙」のコピーを取り出してみた。

セピア色というのはこんな色なのかも。

樹木鉛筆

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むかし、ラベンダーの花を薬包紙で包んだものを作ったことがあった。

それから、手元に24種類の木でできた「鉛筆」がある。

夏に、「高級」肥後守を買った。何しろ、普通の肥後守の十倍の値段。大分昔に買った「サライ謹製」がいくらだったか覚えていないが、とにかくこれは安いモノではない。

もちろん、高いだけあって切れ味は抜群。

手元の樹木鉛筆で削っていないのが5本残っていたので、この高級肥後守でゆっくり、丁寧に削ってみた。普通削るときよりも意識的に細かく削ってみた。

削り屑を捨ててしまうのが惜しくて、一種類ずつ薬包紙に包んでみた。

もともとはゴミ同然捨てられてしまうモノだが、こうやって包んでみたら、なんだか標本のようでもあり、香木のようでもあり、ちょっと値打ちのあるようなモノに見えてきた。

萬年筆(2)

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先月、新たに萬年筆を購入した。

一本は今年限定で出た「檸檬」。文字通り檸檬色の萬年筆で、これまで使っていたモノよりも若干大きめ。でも慣れてくると、大きめのペンが気になってくる。

ほんの数ミリの違い、重さだって何グラムの違いなのに、案外違っている。気分と用途に合わせて使い分けるのも魅力の一つかも知れない。

もう一本は中古なのだが、見た目で衝動買い。
木軸(カエデ軸)のペンで、20数年前のもの。現行モデルではない。状態も悪くなかったのでほぼ即決で購入してしまった。

木軸には茶系のインクを、ということで色彩雫の「山栗」をいれて毎日便箋2枚分ぐらい書き取りの練習をしていた。

ちょっとかすれが気になったので、修理調整をしてもらったらこれまでとは全然違って驚いてしまった。

最初は見た目で(木軸だったので)選んだものだったのだが、調整してもらってからは書き味も満足できるものになり、いまは一番多く使うペンになっている。

さて、こんな風にしてどんどん増えてしまうといろいろと問題が......

萬年筆は使うことが一番のメンテナンスだそうだ。むかし、2、3本だけの時はそれなりにどれも使っていたのに、急に増えてしまってからは、頻繁に使うモノと滅多に使わないモノとができてモノによってはほとんど使わない状態に......
それぞれが違っていて、どれが良い、悪いというのではないので手放すのも惜しいし、持ち続けるためにはそれなりにメンテナンスも必要だし。

そんなわけで、自由な時間のうち何分かは萬年筆のメンテナンスに時間を割いている、といった具合。
小学生みたいに、『菜根譚』を書き写して漢字の書き取り練習をしている始末。

モノを持つことが束縛になる、解っているはずなのにやめられない。

シュティフターの『石灰石』にでてくる牧師の物語を読み返してみる。

「檸檬」が気になる

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丸善創業140周年記念限定万年筆の案内が届いた。

丸善の「萬年筆友の会」に入り、いろいろと情報が届くようになったため。

よくよく考えてみたら、手元にある萬年筆のほとんどがあちこちの丸善で購入したものだ。

仕事用にしろ、勉強用にしろメインの萬年筆が丸善のオリジナルモデルだし、オリジナルモデルと舶来は割引の特典があるので、自然とこうなってしまう。

安く買おうと思えばネットや他の店でも良いのだろうが、きちんと試筆して確認してから購入したいし、安いモノではないので、納得いくものを選びたいという思いがある。

それにしても、「記念」とか「限定」というのに弱い......
しかも「万年筆」だし、「檸檬」というのも心憎い。

発売日は今月の半ば、「大安」の日だそうだ。

これほどの条件が揃っていたら、無視するわけにはいかない。

萬年筆

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去年一年間で萬年筆が急激に増えてしまった。

ひょっとしたら古書よりも余計にお金を使ってしまったかも知れない。まぁ、古書も萬年筆も残るものだし......(って言い訳?)

ここ数年、ペンを持つのに力が入らなくなり、ボールペンなどで書くのも疲れてしまうことがよくある。
そのため、あるときから萬年筆を使うようになったのだが、大分楽になったのを実感している。

もともとは細字のものを使っていたが、筆記量が多くなったので中字にかえてみたところ、なかなか好調。例文を書き写す作業だから、落書きのようなもの。

同じ作業でも、ボールペンでやっていたら途中で投げ出してしまっただろう。

そして、年末、太字のものを新たに購入した。もともと小さな字を書く方なので、太字には興味がなかったのだが、実際に書いてみると、柔らかさ、軽さが全然違う。

通常のノートにはちょっと太すぎるかも知れないが、例文カードを作成する作業や、書き取りの練習には丁度良いかもしれない。この数日間で相当分量を書きまくった。

「自分の萬年筆」になるにはもう少し慣らす必要があるだろう。ずっと長く使い続けていきたい。

今年は去年以上に勉強しようと思っている。(でも、勉強を理由に萬年筆を増やさないように自制せねば......)

普通に「万年筆」と書けばいいのに、なぜか「萬年筆」としてしまう。別に意味はないのだが......気分の問題ということで。
丸善の原稿用紙(とメモ用紙)に「萬年筆物語」というのがあるが、そのためかも知れない。

文房具と事務用品

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「文房具」という言葉に惹かれる。
仕事や勉強で日常的に使う物とは別の、なにか特別なモノと言った趣がある。
小学校から大学まで使っていたノートや鉛筆などとはちょっと別の、また、職場で使う事務用品とも違ったものたち。

でも、たとえ仕事であっても、あるいは自分の勉強であっても、ちょっとこだわりの文房具を使ってみたいという衝動に駆られる。最近、ボールペンよりも万年筆を日常的に使うようになった。

ちょっとしたメモ程度でも、また勉強用のノートも万年筆で書くことが多い。以前は鉛筆を使っていたが、こちらもちょっとだけ贅沢なモノを使う。別に何が変わるというのでもないのだが、気持ちが引き締まる。

職人が道具にこだわるのと同じように、勉強するにもこだわりがあっても良いのかも知れない。

古い洋書を読むときに、カッターナイフでページを切るのではなく、ペーパーナイフで切りながら読みたい、そんな気持ちになる。

単なる気持ちの問題かも知れないが、古い書物にはペーパーナイフが似合うような気がするし、鉛筆を削るときは肥後守のほうが気合いが入るように思う。

ちょっとした違いだが、その差は小さくはないと思う。

鉛筆、箸、小刀

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愛用の萬年筆、なかなか書き心地が良い。おかげで勉強もはかどる(かどうかは別問題だが......)。

確かにほかのペンに比べて、大量の筆記でもそれほど疲れない。ボールペンやシャープだったらきっと疲れて途中で投げ出したに違いない。

ところで、万年筆のサイトや本を見ていたら、ペンの持ち方がどうやら他の人と違っているらしい。小学校のころから、変な持ち方してる、って指摘されたことがあったが、気にすることもなく、そのままの持ち方をしてきた。意識してお手本通りの持ち方をしてみようとすると、力加減が分からず、きちんと書けなくなってしまう。

意識してなおした方がいいのだろうか、それともこのままでもいいのか......

ところで、持ち方といえば、ナイフの使い方もちょっと違っているらしい。

とくに果物ナイフでリンゴなどの皮をむくときのやり方が違うのだ。小学校の時に干し柿用の柿をむく作業を通して覚えたのだが、もう何年もこのやり方なので、教科書にあるようなむき方がうまくできない。やってやれないことはないのだが、どうしてもぎこちなくなってしまう。

別にいままで皮をむいていてけがをした記憶はないので、直すのも難しいだろうし、その必要もないかなと思う。

ナイフや肥後守で鉛筆を削るのは自信があるし、正しく使っているつもりだが、ひょっとしたらこれだって違うかもしれない。

箸の持ち方についてはきちんと教わったので、人前でも恥ずかしくはないつもりだ。それにかなり器用に操る自信はある。

豆本作りなどの作業をしていると、さぞや器用なのだと思われがちだ。確かにそういった面もあるにはあるが、自己流で凝り固まってしまったところもあるということだ。

独学ゆえに知らないまま癖がついてしまったり、間違って覚えてしまっていることがほかにもあるかもしれない。

そう考えると、どんなことでも、最初はきちんと習っておくべきなのではないか、きちんと教えてくれる人のもとで学ぶべきなのではないか、と、そんなことを考えてしまう。

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