語学雑想の最近のブログ記事

語学書蒐集

| コメント(0) | トラックバック(0)

私にとって製本というのは、なにか作品や商品として製作して展示したり販売したりするものではなく、自分が欲しいものを使い勝手と使い心地が良いものに仕立てることだと考えています。

以前は毎月手創り市に出展して、製本サンプルを並べたり、ちょっと売れそうなものを考えていくつか出したりもしたのですが、そもそも、何のための製本なのかを考えたとき、ちょっと違和感があったのも事実です。

売るためにせっせと作る気にはならない、という気持ちはずっと前からあって、じゃぁ、なんで手創り市に出展しているの?ってことにもつながってくるのですが、私としては、書物だって他のモノと同様に手仕事でできることなんですよ、ということを知ってもらえたら良いかな、というぐらいの答えしか思い浮かびませんでした。

では自分がほしい本というのは、という話しになるのですが、小さな本工房がなにかオリジナリティのある本を作り出すだけのチカラ(財政的な面でも、内容に対する能力面でも)があったら、ある種の語学書を作ってみたいな、と考えています。

こんなものが欲しいという漠然とした思いはあるのですが、それに近いモノがないかとちょっと古い語学書を蒐集しています。

大型の書店でもあれこれ手にとって眺めてみるのですが、手当たり次第購入するだけの資金もありませんし、置き場も余裕がないので(すでに部屋の中は棚から溢れた辞書やら参考書が積み重なっている状態ですし)、新刊書店の棚にないような古書ばかり集めるようになりました。たいていは昭和の本です。

今、語学書には音声ファイルを収録したCDがついているのが当たり前になっていますが、むかし(私が大学で外国語を専攻していた頃もそうです)はカセットテープの時代で、テキストがいくら、そして別売りのテープがいくら(しかも本よりも高い!)というような感じでした。それを思うと、CD付きでこの値段で買えるということがどれだけありがたいことか・・・という気持ちになってしまいます。

専攻していた外国語は、当時はあまり教材もなく、集めるというような感じではありませんでした。いまは溢れるほど出ていますが、まぁ、興味がないので。量的には非常に増えたのは事実ですが、質的な面で豊かになったかというと、わたしはギモンに思っています。

専攻とは関係なく、いま集めている語学書はドイツ語やフランス語、ロシア語など。言ってみれば、むかしの「第二外国語」で一般的だったものです。

特にドイツ語関係の古書を重点的に蒐集していて、学習書(自習書)だけでなく、読解用の対訳教材や訳注書、単語・熟語集、独文解釈や和文独訳の教材など、いまの新刊書店の棚にはないようなものもあります。

英語だと、大学入試とも直結していて、文法書や英文解釈や英作文、単語集なども充実しているし、受験と結びつかなくても、TOEICなど検定試験対策の教材もあるし、それとはまた別に一般向けの教材もあるし・・・といった状況なのに、例えばドイツ語やフランス語では同じような充実度が期待できるかというと、残念ながら・・・ということになってしまいそうです。ただ、手元の「昭和の語学書」はかなり高度な内容のモノもあって、今では書店で見かけないだけの話し、なのかもという感じもしますし。

「いま、目の前にあるもの」だけを見ていたら、絶対に気づくことがないような教材がかつてはあったという事実を知ることができるかどうか、これは案外重要なことなのではないかと思います。もちろん、語学書に限ったことではなく、ほかのどんなことについても言えるのでしょうが。

そんなわけで、手元に集まった語学書を眺めながら、もし小さな本工房がなにか新しい語学書を作るとしたらこんなモノが良いのでは、とか、この本をこんな風にアレンジしたら使いやすいかも、とか、この単語集を逆配列にしたら便利だろうな、とか、英語の語源単語集と同様のものができないだろうか、とか、訳読用の注釈書はこれが参考になりそう、なんてことをあれこれ考えているのです。

私は、もともと「創作系」ではないので、なにか文章を書いたり絵を描いたりして、それを製本して売ろうとか、発表するという発想はない、でも、もし自分が編集者であり、企画者であり、また同時に製本もこなす出版人だったら、こんなモノを作ってみたいという構想はいくつかあって、あとは時間と金と、頭の問題(結局全てが・・・ってこと?)なのです。

逆配列

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_0639.JPG手元に『語尾からの配列による基礎フランス単語集』という本があります。

どういうものかというと、通常の辞書は見出し後のはじめのほうからABC順に並ぶのですが、この単語集は語の終わりからABC順に並んでいます。

フランス語の場合、動詞が、-er、-ir、-re、-oirで終わるので、その部分を見ると動詞がずらっと並んで出てきます。しかも、活用パターンが同じものが並んで出てくるので覚える際にも整理しやすくなります。

単語集の下にあるのは黒田龍之助さんの『寝るまえ5分の外国語』という語学書書評集です。この本でも紹介されていて、「学習者として長年わたし自身が構想していたのが、まさにこれだった。」と書いています。

手元に、英語のものはある(『英語逆引辞典』、『逆配列英単語速習』、どちらも郡司利男編著)のですが、ほかの言語でもあったら便利だろうなと考えています。専門的なモノでなくても、2000~3000語程度の分量で。

というわけで、FileMakerを使い、単語を入力すると自動的に逆配列にできるように計算式を作って、単語リストを作ってみました。まだやりかけで、いろいろとチェックしなければならないのですが、十分に使えそうな気がします。

IMG_0520.JPGまずは、フランス語の動詞のみのリストを作ってみました。白水社の『徹底整理フランス語動詞のしくみ』にある約700の動詞リスト(不定法索引)を通常通り入力して、逆配列に並べ替えてみました。

試作品なので、書き込みやチェックの跡がそのまま残っていますが、こんな感じです。このリストに、活用パターンを記号化して加えるとか、あるいは同じ変化の動詞が並ぶのであればその代表動詞の活用表を挿入する(『語尾からの配列による基礎フランス単語集』は代表動詞のところに直説法現在の活用表が載っています)と、より使いやすくなるのかな、なんて考えています。

むかし作ったのは、単純に活用表をわかりやすく並べ替えて色づけしたものだったのですが、どの動詞が同じ活用をするのか、あるいは、他とどう違うのかがいまいちハッキリしませんでした。

どの程度うまくまとまるか、まだ全く分かりませんが、単なる活用表よりはずっと使い勝手が良いものができそうな気がします。そしてうまくいくようだったら、他の言語でも試してみたいなと考えています。

語学系の「はん・ぶんこ」

| コメント(0) | トラックバック(0)

今年の冬は寒い日が多かったようですが、この一週間で急激に暖かくなってきました。

冬の間のマーケットは気温が低かったり、風が強かったりといろいろとトラブルもありましたが、そろそろ心地よい天気の下で過ごせるのではないかと思います。

3月のマーケット出展は17日(日曜日)、雑司ヶ谷鬼子母神の手創り市です。

洋古書ミニチュア本、今月はマザーグースの本を3種類準備中です。一冊はカラーの挿絵が入ったもの、一冊は一色刷りの挿絵本、そしてもう一冊はシルエット絵本です。昨年用意したものに加えて1月からは3種類ずつ製作しているので、10冊になります。

A8サイズを基準に配置しているので、大きさは長辺が70ミリ以下、小さいものだと55ミリぐらいのものもあります。書いてある文字はなんとか読めるかな、というレベルですので、書物というよりは、本の形をした雑貨扱いです。棚に並べたり、人形と一緒に飾ったり、財布に入れて持ち歩いたりできるので、お好きな方には喜んでいただけると思います。

こういったミニチュア本は、小さな本工房の本来の活動ではありませんが、マーケットで立ち止まっていただくためにはこういったものもあった方が楽しいかなと。

以前から書いているように、「はん・ぶんこ」サイズの気軽に持ち歩けるような小さな本。使い勝手と使い心地が良い実用的な書物を目指しています。

既存の本の表紙を付け替えるとか、綴じなおして上製本に仕立てるとかでなく、中身も含めての手作り。本の中身は文芸作品だったり、暗記用の例文集や活用表、文法便覧のようなものが中心です。学部での専攻が外国語だったので、語学系のものが多いのです。

実際に自分が欲しているものを自作しているので、本のサイズにあわせてレイアウトを調整したり、それなりに工夫が施されています。

「はん・ぶんこ」は文庫本の半分という意味でつけた名前です。実際に手に持ってみると、普通の文庫本よりも使い勝手が良いことに気づかれると思います。本は小さくても、見開きではがきぐらいの大きさになりますから、ちょっとした例文集、便覧にはちょうどいい大きさだと思います。

そこで、語学系に特化した「はん・ぶんこ」のシリーズができないか、あれこれ考えています。これまで自分の勉強用や作業用に作ってきたものをもとに、他の言語や小中学生向け、受験生向けなどにふさわしい内容、かたちができたら面白いのではないかと。

『韓国漢字音便覧』は韓国のKSコードにある漢字を韻母ごとに分類したもの。こうすることで日本語音との関連性をつかみやすくなります。字音仮名遣いも併記すればさらに役立つかもしれません。

日本語の「常用漢字表」は漢字と音読み・訓読みだけのリストですが、韓国語音を併記したものは韓国語学習者の役に立つでしょうし、逆に日本語を学習する外国人のための教材にも応用できそうです。

最初に作った語学系豆本は、ドイツ語の例文集でした。『関口初等ドイツ語講座』の例文だけを集めたもの、音声教材のスクリプトのようなものですが、ポケットに入れて持ち歩き、電車の中で読んでいました。最初は教材を原寸大でコピーしたものをA5サイズのファイルに入れて持ち歩いていたのですが、これでは大きすぎて活用できませんでした。なので、「はん・ぶんこ」サイズが実際に使い勝手がいいことを実感しました。

それから、『フランス語動詞活用便覧』は、市販の活用表を自分流にアレンジしたもので、オリジナルの本を参考にしつつも配列を変えてみたり、色分けしてみたりして、多少なりとも親しみやすい形にすることができました。見るだけでうんざりするような活用表も、少しはとっつきにくさを取り除くことができるのではないかと思います。

新しく作っている活用便覧は、さらにシンプルにして、規則的なパターンと不規則なものとで「どこが」、「どのうように」違うのかを意識して覚えられるように改良を施しています。もしかしたら、はん・ぶんこサイズであっても、冊子式ではなく、経本折りのカタチになるかもしれません。そのほうが多くのパターンを並べて表示できるので、比べ安いのではないかと思うのです。

単語帳、熟語集のようなものも、気軽に持ち歩けるという意味で、このサイズがピッタリ。むかし、ガイド試験のために作った単語帳は市販の小さなノートに書き込んだものでした。当時は自分で本を作るなんてことは考えていなかったし、実際作るようなPC環境も整っていませんでしたが、今は枠組み(テンプレート)はできているので、データをうまく処理すれば、案外簡単にできそうです。試験対策はもちろん、実際に仕事をする上でも語彙リストはそれぞれが作らなければならないもの、ただ印刷したものよりも、本のカタチのほうが断然使いやすいし、それがはん・ぶんこサイズだったら・・・と思うのですが。

外国語に慣れるためには、ひたすらインプットするしかありません。私は基本は「読むこと」だと考えているので、そういった意味でも、書物が主役です。ただ読もうと思っても、語彙が少ない、文法が定着していない、そんな状況で読むのは苦行としか言いようがありません。なので、慣れるための教材があったらいいな、と。

ある程度まとまりがあって、分量がそれほど長くないものを「はん・ぶんこ」にしてみました。イギリスの文筆家、リチャード・ジェフリーズの自然随想を一篇一冊で。田園風景を言葉でスケッチしたような文章なので、いろいろな植物が出てきて興味深いのです。

著作権が切れて、ウェブで公開されたテキストデータを利用すれば、約物を若干修正するだけで十分に使える本になります。短編小説やエッセイのほか、グリムやアンデルセンの童話などもあるので、好きな作品だけを本に仕立てることができます。

読めるようになるためには、ひたすら読むしかない。でも、知らない単語ばかりでは大変なので、対訳形式にするか、あるいは逐語訳式にするか、そんな工夫があれば実際に使える教材になるのではないかと思います。

どれも自分で作って、使ってみたものなので、使い勝手と使い心地に関しては保証できそうです。その効果があったかどうか、については・・・ちょっと別問題かもしれませんが。

「語学系」豆本のこと(3)

| コメント(0) | トラックバック(0)

前の記事は、タイトル「語学系豆本」のこととあるのに、その中身についてはあまり書きませんでした。

目下取り組んでいるのは、「フランス語動詞活用便覧」の新しい形です。書店や図書館には何冊もの「動詞活用表」が並んでいるし、わざわざ買わなくても、教科書に収録されていたり、辞書には必ず活用表がついています。

ある本にはこんなことが書いてありました。

フランス語の動詞の活用について、学習者のために、かずかずの著作――いわゆる「活用表」――が出版されています。学問的な精密なもの、活用形をなるべく多く網羅的に掲げたもの、活字をかえて見やすくしたもの、文法綱要をを付けたもの等々、種類も多様で、今また新しいものをつくることがどうしても必要かどうかはわかりません。

そう、何冊か見比べてみると、同じことを説明するのにもいろいろな見せ方があるものだと驚いてしまいました。

実際に活用表なるものを眺めてみると、見ただけでうんざりするようなものもあります。

これを全部覚えなければならないのか・・・と考えたら気が滅入りそうです。辞書や専門的な文法書であれば網羅することも必要でしょうが、学習者の立場、特に実際に覚えることを強いられる初級者の立場からみたら、やる気をそぐことにもなりかねない、と(私は)思ってしまいます。

要は、規則動詞のパターンがどうなっているのか、不規則動詞と呼ばれるものが、規則動詞とどこがどう違うのか、これさえきちんと区別できればいい、そうすれば、もっとすっきりするのではないか、と思うのです。

なので、実際に市販されている活用表を何冊か見比べて、できるだけシンプルなものができないかとちょっと作業をしてみることにしました。

どうしても覚えなければならない形に限定して、共通する部分はなるべくシンプルにする、違う部分を区別しやすくするために、書き込み用の「ノート」(枠組だけ印刷したもの)をつくり、それぞれの本の活用表を手書きで書き込んでみました。

あとは、パターンわけをどのようにするか(市販の活用表の違いはこの部分なので)を検討してみようと考えています。

作業用のノートなので、大きさも製本もいつもの通り、どのページも平らに開くので、書き込み作業がスムーズです。カード式にしてもいいのですが、冊子式になっていた方が散逸することもないのでちょうど良いかなと思います。(分類したり、並べ変えることを考えればカード式のほうがいいのですが、これは入力して印刷するときに片面のみ印刷して、切り分ければそのままカードとして使えます。)

愛用の萬年筆でひたすら書き写す作業(といっても全部ではありません)をして、使えそうであれば、そのままPCで入力します。デジタル化してしまえば、語幹と語尾を色分けするなど単純な作業も効率良く行えます。

このために、最初にスタイルを定義しておきます。そうすると、スタイルと文字列の組み合わせで、あとは正規表現をうまく使えば一気に検索&置換が完了です。

そんなわけで、目下数冊分の活用表を見比べながら、書き込み、入力作業をしています。これらは作業であって、勉強でも仕事でもないのですが、使い勝手の良い本がどんなものかを考える意味ではちょうど良い練習材料になりそうな気がします。

結局は、自分が欲しいと思ったものを、使い勝手が良いように作ってしまおうという発想から生まれたものなので、市販のものを参考にしつつも、自分仕様の本ができるのではないかと思います。

「使い勝手」と「使い心地」をどう追求するか、もう暫くやってみないとわかりません。

「語学系」豆本のこと(2)

| コメント(0) | トラックバック(0)

タイトルに(2)とあるのは、今年の1月に「語学系」豆本について書いたから。

そのときも書きましたが、小さな本工房の原点は語学系豆本でした。

混雑した電車の中や外出先で読むことができるようなもの、持ち歩くのにも邪魔にならないようなもの、ちょっとした空き時間に参照できるものがあったらいいな、という思いから小さな本を作ることを始めたようなものです。

それは単語帳であったり、暗記用の例文集であったり、動詞活用表、漢字便覧であったり。でも、これだけだったら市販のものを買って持ち歩けばすむ話、わざわざ自分で本に仕立てる必要はなさそうです。

では、それでも本を手作りする理由は?

小さな本工房の標準規格はA7 判の「はん・ぶんこ」サイズです。A4用紙の1/8サイズで、葉書や文庫本の半分の大きさです。実際に使って見ると、大きすぎず小さすぎず、ちょうど良い大きさです。少なくても私にはそう思えます。

A4用紙に両面印刷すると、1枚の紙が16ページの冊子になります。ちょっとしたエッセイなどであれば、1枚で十分に収まります。同じ分量をA4用紙に「普通に」印刷しても、混雑した場所では結構邪魔になってしまいますが、冊子にすればコンパクトに収まります。文庫本よりも小さいので、ポケットにもすっぽり入るし、ノートや手帳に挟んで持ち歩くこともできます。

本のサイズが小さくても、文字の大きさは一般の書籍と変わらないので、決して読みにくいわけではありません。ものによっては一般の文庫本よりもゆったりと組んであるので、窮屈さを感じることはないはずです。

串田孫一さんの「雑木林のモーツァルト」は造本はシンプルですが、本文は読みやすいように組んであります。「読むための本」であるためには、本文を犠牲にしてまで小さくしたり奇抜な造本にする理由はないように思えるのです。

外国語のテキストも同じように「はん・ぶんこ」の本に仕立てます。ネット上で見つけた電子テキストをテンプレートに流し込み、体裁を整えるための処理を行えば、それなりに読みやすい冊子にすることができます。どうせ線を引いたり書き込んだりするのだから、ノートに書き写したと思えば本にする手間もそれほどではありません。むしろ書き写すよりは手間がかかっていないはずです。

本のサイズの他に、製本の仕方(とじ方)も市販の本と違っています。

小さな本工房がつくるのは、鑑賞用の本というよりは、日常的に持ち歩き、内容を確認したり書き込んだりすることができるものです。完成された書物というよりは、作業用のノートに近いかも知れません。

なので、立派な装幀である必要はないのです。書き込み作業のことを考えたら、ハードカバーである必要もないし、むしろどのページも平らに開くことの方が重要です。この場合は一本の糸だけでかがり製本します。表紙もちょっと厚めの紙を折っただけのシンプルなものです。でも、これで十分なのです。

目下制作中の本も、第一段階として一定の枠組だけを印刷して製本したものに、萬年筆で書き込む作業をしています。大きさが「はん・ぶんこ」ですから、もともと書き込めるスペースだって広いわけではありません。これで十分に開かないようでは、使い勝手が良いとは言えません。また、ただ順番に書き込むというよりも、あちこちのページを参照する必要があるので、ページのめくりやすさも作業効率に影響します。この点に関しては、市販の糊で製本されたものよりもずっと使い勝手が良いと自負しています。

第一段階の作業を終えたら、実際にPCで入力作業をするわけですが、最初からデジタル作業をするのではなく、アナログである程度のことをした上で行うのは、全体像を把握するという意味でも大事な事のように思えます。最初からPCで作業をするのは、効率的であるように見えて、案外落とし穴があるような気がするのです。

「はん・ぶんこ」で「糸かがり製本」であること。これが市販の本にはない特徴といえそうです。

そして、それに見合った内容があること、これが本を手作りする理由なのかなと思います。

「語学系」豆本のこと

| コメント(0) | トラックバック(0)

百貨店催事が終わり、また「商品」とは無縁の、お金にならないようなものを作り始めています。始めているというよりは、また元の活動に戻った、とでも言うべきでしょうか。

これまでも何度か書いていますが、「小さな本工房」の原点は語学系豆本でした。

今回の15人の出展者で、いや、豆本作家のなかで、あるいは手製本を手がける製本家のなかで、こんな動機から豆本を作るようになったという人はいないのではないかと思います。

一週間の催事期間中、なんだかんだで当番以外の日にも会場に「通って」、他の作家さんの作品を見て廻ったり、お話を伺ったり、「実演席」のすぐ隣で「呼び込み」をしながら実演を間近で眺めたり・・・(機会はほとんどないので、これは貴重な経験でした)していましたが、同じ動機で始めたという話は聞きませんでした。

こういった意味で、他の作家さんと「かぶらない」のは気持ち的には楽ですねぇ・・・だって、同じでないってことは、競争相手がいない、つまり「オンリー・ワン」なわけで、ついでに「ナンバー・ワン」でもあるわけだし。これってお得です(別に比べようとか、競争しようって気持ちはありませんが)。

そんなわけで、展示とか販売とか、まったく別の次元での活動に戻ってきました。

目下取り組んでいるのは、先に作った「フランス語動詞活用便覧」の動詞リストの作成です。もともと作った豆本は「活用表」だけだったので、便利ではあるけれども、不十分でした。なので、すこし手を加えて使い勝手の良いものに改善することにしました。

まずは、FileMakerで動詞のリストと活用タイプ、意味を入力していきます。こういった作業は、Excelでもできますが、私はFileMakerの方がやりやすいのです。韓国漢字音便覧やハーブの学名便覧などもこのソフトを使いました。

必要な情報を入力し、並べ替えの作業をしたあとで、テキスト形式で書き出します。このときに情報の前後に「タグ」をつけるのがポイント。HTMLのタグをつけるのと同じ要領です。この作業は書き出しのためのテキストを作るとき、「計算式」を使って自動的に入れてしまいます。

そうすると、あとからInDesign(レイアウトソフトです)にテキストデータを流し込んだ後で、タグに従って「段落スタイル」や「文字スタイル」を設定するだけで大まかな原稿はできてしまいます。このあたりの作業は「検索・置換」で一気にできますし、正規表現をうまく使えば、さらに時間は短縮されます。

ある程度の作業が済んだら、一度印刷し、仮製本して内容をチェックします。

小さな本工房の手製本は、このチェック作業の時に使い勝手が良いように工夫されています。

まずはその大きさ。手のひらサイズの「はん・ぶんこ」であること。これなら開いた状態でも文庫本サイズなので、電車の中でも十分に作業ができます(これにより時間の有効利用になります)。

つぎに製本の様式、糸かがりなので「どのページも」180度きちんと開きます。書き込み作業をするときに、開きやすいページとそうでないページがあったのでは効率が落ちてしまいますが、この点は一般の書籍と比べものにならないくらい優れています。

そして本文の用紙です。ペンとの相性の良い用紙に印刷しているので、書き込み作業がスムーズです。こういった作業はけっこう手が疲れるので、手に負担がかからないように萬年筆を使います。なので、紙によってはインクが滲んでしまって文字が読めなくなってしまうこともあるのですが、そうならないよう、細字の萬年筆でもストレスなく書き込むことができるように、万年筆専用の用紙に印刷しています。

内容をチェックした後で、修正し、印刷・製本をするのですが、場合によってはチェックの時点で十分に役目を果たしてしまい、後から作る必要もないようなものもあります。

商品として売ったり、どこかで展示するのであれば、きれいに仕上げることも必要なのでしょうが、私にとっては必ずしもきれいである必要はなく、結果として役に立てばそれで十分なのです。

例文集などは、糸でかがらなくても、穴を開けてミニ5穴のシステム手帳に綴じ込んでしまえば、そのままチェックのための資料として使えます。(ミニ5穴の手帳リフィルと「はん・ぶんこ」サイズの縦のサイズはどちらも105ミリでぴったりなのです。)残しておく必要があれば、ファイルの綴じ穴があるので、その穴に従って和綴じ本風にかがってしまうこともできます。

といった具合で、いま動詞のリストをチェックする作業に取りかかっています。やり出したら、もっと情報量を増やしたいとか、市販の単語帳に劣らないようなモノにしたいとか、あれこれ考えてしまうのですが、追求していくといつまで経っても終わらないので、一応限度を決めてやりきることにしました。その後でまたいろいろと新しいモノが生まれてくる予感がします。

教材のCDのスクリプトが豆本だったらいいのに・・・なんてことを考えたりもします。教材についているCDを聞くのに、いちいち大きな本を広げて、しかもしょっちゅうページをめくらなければならないよりは、録音されている例文だけをまとめてあったほうが使い勝手が良いのに、って思います。

そこまで考える人がほかにどれだけいるか分かりませんが、私はそう思ってしまいます。単に面倒がっているだけかも知れませんが・・・

まぁ、こんな感じで、小さな本工房の手製本は「あったらいいな」と思ったものを「使い勝手が良いように」つくることから始まったわけです。

なので、必要以上に小さくするつもりはないし、装飾的な要素は必要なく、実用的であることが第一であると考えているのです。

韓国語を読む

| コメント(0) | トラックバック(0)

先日書棚を整理したのだが、棚から溢れていた本が若干減った程度で、実際のところあまり片付いていない。何冊かは処分し、何冊かは古書店に買い取って貰った。

蒐集している本が「ふつう」でないため、捨てるのも売るのも気がすすまない。植物、ハーブ関係は手放したくないし、古い語学書ももったいない。ちょっとしたコレクションとも言えるものもあるし......

こんな時代だから、書籍のデジタル化が進んでいるのも納得だ。

書棚の数は学生のころから変わっていないのに、その中身はだいぶ変わったことに気づいた。

専攻が韓国語だったので、卒業前は辞書やら教材のほかに韓国語で書かれた文学作品や文法書が占めていたのに、いまは片隅に追いやられてしまい、代わりにハーブや植物民俗関係の本やドイツ文学の翻訳書が並んでいる。

いま誰かが書棚をみたら、なにをやっている人なのか想像できないかもしれない。

そんな中で生き延びた韓国語の本をいま読んでいる。韓流とはまったく無縁の本、さらりと読み流せるようなものではなく、一文一文丁寧に読み解いてみたい、そんな上質な随筆集。

気分的にはお香を焚いて、お茶を飲みながらゆっくりと味わいたいような。

ときどき辞書を引かないと解らないところもあるが、それもまた良いかなと思う。なにも考えずに読み流すよりも、いちいち立ち止まって考えながら歩くような感覚かもしれない。

そういえば、関口存男先生の文章に「遅読の讃」というのがあって、なるほどと思いながら読んだ。

辞書と首っ引きでポツポツ読む外国語には、その遅々たるところに、普通人の気のつかない値打ちがあります。それは、"考える" 暇が生ずるということです。否でも応でも吾人を "考える" 人間にしてくれるという点です。

そう、だから遅読も悪くない、いやこの訓練こそ大切なのだと思う。
速読だとか多読だとかと言われるが、丁寧に読む訓練を疎かにしてはいけないのだ。

語学系豆本

| コメント(0) | トラックバック(0)

作品を見てすぐに、これは○○さんの作品だ!とすぐにわかるものを創り出せる作家さんってすごいと思う。

作品に備わっている風格とでも言うのか、このセンスは、このこだわりはまさしく......、といったもの。作る人の世界観がそのまま作品に現れていて、それが作者と作品とを一体化している、なおかつ他の人が一目見ただけで見抜いてしまう。単にひとつの作品を作るというのではなく、「世界観」を創り上げている。

小さな本工房の本もそうありたいものだと思う。

まだ作品自体がそれほど世に出回っているわけでもないし、直接作品を見ていただく機会があったとしても、これが小さな本工房の世界だという決め手になるものがない。

創作系ではないので、本の中身(コンテンツ)に関しては勝負できそうもないが、他の人が作らないであろうコンテンツがあるとすれば、「語学系」豆本。

専攻が語学系だったので、例文集や単語帳、活用表といったものを小さな本に仕立てることはできないか、そんな思いつきからできあがった本。ドイツ語の教材『関口・初等ドイツ語講座』の例文を集めた例文集、フランス語の動詞活用表をカラフルにアレンジした動詞活用便覧、韓国語の漢字音を韻母ごとに並べ替えて作った韓国語漢字音便覧、等々。

豆本にかぎらず、手製本を手がける作家で、こんな本を作ろうと考える人はそういないと思う。

小さな本工房のはじまりは「語学系豆本」だった。

まずはその大きさ、文庫本の半分「はん・ぶんこ」サイズ。

それから電車の中などでも普通に読むことができるサイズでテキストを組んであるので、手にも馴染むし、目にも優しい。

この両方を備えていなければ作る意味がない、というくらい実用性にこだわった。

実際に使うのが目的なので、装飾的な要素はないが、開きやすさ、丈夫さは市販の本にも負けていないと思う。読むだけでなく、書き込み作業をすることも多いので、どのページも平らに開くように製本してあるし、本文紙も筆記に適した紙を選んである。

サイズは見開きで文庫本と同じだが、感覚としては、情報カード(5×3カード)を綴じたようなものかもしれない。

見開きで収まらないばあい、全体を俯瞰できるようなチャート(索引を兼ねる)を大きめの紙に印刷し、ミウラ折りで表紙の内側に貼り付ける。そうすると全体を俯瞰しながら、個々のページを参照することができる。

それから、この本は化粧裁ちをしないので紙に無駄がなく、ゴミが出ないということも付け加えておく。

こうしてできあがった本をいつも鞄の中やポケットに入れて持ち歩き、電車の中やちょっとした空き時間に取り出して眺めたり、念仏のように唱えたり。

語学の勉強なんて、別に机に向かってやるようなことではない。暗記物は電車の中や空き時間にやった方がいい。寝転んで眺めるにしても、このサイズの本なら邪魔にならないし。

ついでながら、百人一首暗記帳も最初は「はん・ぶんこ」サイズだったが、これに関しては試行錯誤の結果その半分のA8判にした。これはこれで使い勝手が良い。

そう考えてみると、小さな本工房の語学系豆本は思っている以上に実用的なことがわかる。いまも新しい本を準備中である。

ただ、こういった本はイベントやマーケットで注目される可能性がきわめて低い、なのでひっそりと作り続けるしかないのだ。

まぁ、自分が欲しいものを作っているだけのことなので、注目されるかどうかはあまり重要ではないのだが。

解ってくれる人がいたらうれしいな、と、それだけ。

漢字便覧改訂作業

| コメント(0) | トラックバック(0)

昨年、なんとか一段落した『韓国漢字音便覧』

もともと自分が欲しいと思ったものを豆本に仕立てたので、普段から鞄の中に入れて持ち歩いている。

この大きさがとても使い勝手が良い。文字の大きさなどは改良の余地がありそうだが、どこをどのように直していくかを考えるのも楽しみのひとつ。

この便覧は韓国語の漢字表をもとに編集したものなので、韓国語読みが基準になっている。この逆の便覧、つまり日本語から韓国語読みを調べるための本を作成中。

先週末から作業に取りかかっている。昨年、常用漢字表に新しく追加された漢字があるので、新しい「常用漢字表」を豆本に仕立てる。最初から入力するのは手間なので、ネットでリストを探してきて、必要最低限の情報だけに編集し、豆本のテンプレートに流し込む。

仮製本して(作業用のスペースを確保するため、2136字でも160ページある)韓国語音を書き込む。集中して取り組んだので二日ぐらいで何とか一段落、それからついでに中国語音も書き込んでいく。日中対照表があるので、これも機械的に、集中して二日で完了。

ここまでは手作業なのだが、これから入力、そしてチェック......
常用漢字表にある漢字でも、全然出会ったことがないような字もある反面、漢字熟語としては見かけるのに常用漢字表に入っていない字もあって便覧そのものは文字数を大幅に増やすことになる予定。

読める字と書ける字とのギャップに驚いている。書き取りの試験があったら、恥ずかしい結果になりそう。

語学は「ムダ」が美しい?

| コメント(0) | トラックバック(0)

午前中は百人一首豆本のための内容チェック。
本によって表記が違っていて混乱してしまう。

メインのPCがちょっと危なくなってきたので、サブPCで作業することが多いのだが、午前中起動しなくなってしまい、焦りまくり。今はなんとか動いてはいるが、この先大丈夫だろうか?豆本用のデータがこっちのPCに入っているので、動かなくなったら困る。

本当なら豆本等の製作をしなければならないところだが、「気分が乗らないときは無理をしない」という原則に従って作業は中断。急ぐよりも良いものを作ることの方が大事なのだ。

そんなわけで今日は昨日買い求めた別の本を読んで過ごした。

タイトルは『ロシア語の余白』。『語学は「ムダ」が美しい?』とは帯にあるキャッチコピー。
自分自身も専攻が語学系だったし、同じ著者の本をすでに何冊か読んでいるのでこの本は即購入。昨日電車の中で読み始め、寝る前に少し、そして今日の午後残りを読んでしまった。
書籍の帯には、タイトルにあるコピーの下に「授業中に先生が話す雑談のような111のエピソード」と書いてある。

こういうのが好きなんだなぁ......(しみじみ)。読みながら、笑ったり、頷いたり、なるほどと思い、案外共通点が多いことに喜んだり。

語学って、どうしても教科書や辞書だけで身につくものではない。むしろこうした本の方がおもしろかったりする。

自分で言うのもどうかと思うが、変なこだわりがあって、新しい教材が必ずしも良いとは思っていない。見た目は楽しそうに導いてくれるのだが、あっさりした感じがして......

だから古い語学書を見つけると、「ムダかもしれない」と思いつつつい買ってしまう。
どう言ったらいいか分からないが、気迫というか、威厳のような......苦しいだろうけど、これをやらないとダメだぞ!と言われているような。

ドイツ語を勉強しようと思って選んだ教材が『関口・初等ドイツ語講座』という3冊本だった。この本にある「序言」はまさにそんな感じ、衝撃的だった。こういう教材って今は流行らないんだろうな、なんて考えてしまう。そう思いつつ、古い教材のほうが俄然やる気が出るのは、ひねくれ根性の表れか、単なるあまのじゃくなのか?

Powered by Movable Type 5.2.3