2015年7月アーカイブ

WS参加者へのお知らせ

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7月12日の活版TOKYO2015、手製本ワークショップにお申し込みいただき、予約確定した方にはご案内のメールをお送りしました。

いま、準備作業を進めています。

一冊96ページ、A4 用紙1枚で16ページになるので、6枚に両面印刷し、これから裁断して折りの作業を進めていきます。

活版印刷の表紙が、もともと洋装本、和装本、折本の3つに対応できるようにと一番小さいモノにあわせて版を作ったのですが、結局洋装本のみとなったため、本のサイズを少しだけ小さくします。

他でのWSでは表紙を芯材の厚紙に貼って、四辺と角を切る作業からやっているのですが、今回は「かがり作業」に専念して頂くため、こちらであらかじめ準備しておきます。紙の色と種類がいくつかあるので、これは当日会場で選んで下さい。

当日は練習をしてからというのは時間的に厳しいし、かといっていきなり作業に入るのも不安なので、先に実演をします。指示書を確認していただきながら、要所要所でポイントを説明しますので、その段階で概略を頭に入れて下さい。その後の作業では手順を口頭で説明しますので、完全に覚えられなくても構いません。

また実演時に写真を撮って頂いても構いませんので、実際の作業中に、あるいは後から自分でやるときに思い出す手がかりになるかもしれません。

お知らせメールに書いた作業用の台、私が普段作業するときは分厚い辞書を二、三冊重ねてやっています。さすがにそれでは重すぎますので、代用品を探しています。こちらで準備しますので、お持ち頂かなくても構いません。

また、アンケートのご回答、ありがとうございます。回答内容を参考にしつつ、できる限りご希望に添えるように進めていきたいと考えています。

では、よろしくお願い致します。

ワークショップ

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最近、ワークショップで充実しています。

◆土曜日ワークショップ

土曜日の「予約があったときだけやる」ワークショップ、先々週の土曜日は1日に3回立て続けで行いました。最初に1人、次に3人、最後に4人で合計8人。こんなことは滅多にありません。

普段は予約なんて入らないし、あったとしても大体はひとりでお越しになるので、参加者のペースにあわせて教えることができます。1人か2人だとこれが可能。教室というよりも稽古といった感じです。

手を動かす作業なので、手順を指示して、動きを確認しながら良いのか悪いのかを助言する、そして手順が飲み込めた頃に作業のコツやポイントを加えて説明する。そんなスタイルがやりやすいなと思っています。

先々週に参加された方が、忘れないように復習するのだと、お帰りになる前に翌週の予約をして行かれました。二週連続でのワークショップです。一度目はとにかく完成させることで精一杯になってしまいますが、後から振り返ったときに手順が思い出せなかったり、細かい部分まで覚えていなかったり、なので、そのギモンを解消するために参加するのだと。

やっている内容は全く同じなのですが、一度目と二度目とではあきらかに違いがあったと思います。そして完成した本も最初のときよりもずっと良くなっていました。

こういうのって嬉しいですね。いちどやってみて、それで無事に完成したと喜んで終わりというのではなく、自力でできるようになりたいという、その気持ちが嬉しいし、吸収しようとするその意欲がたのもしい。

わたしのワークショップでつくる本は、特別な道具を必要としないので、覚えてしまえば自力で十分にできるようになります。なにかを始めるのに、あれもこれもと道具を揃えなければならないのは大変なことですし、ひょっとしたら無駄になってしまうかもしれないし。ちょっとした治具類はあった方が良いけれども、これだってちょっとがんばれば自作できてしまう位のモノだし。作業効率のための治具についてはWSでもできるだけご案内するようにしています。

◆出張豆本工房

先日、他のところで「出張豆本工房」というワークショップをさせて頂きました。こちらは参加者が7名で普段の倍以上。でも、ありがたいことに時間はたっぷりあるので、やり方を変えてご案内しました。

先に練習用の教材を使って、とにかく一度糸かがり製本の手順を体験してもらう。指示書を渡し、その指示に従って教材を綴じていくという作業。すでにこの時点で混乱気味です。

なんとか一通りかがり終えた後に、わたしが実演する。そして最後に作品を作ってもらうという流れです。

この場合、先に体験してもらってから実演を見てもらうというのがポイント。

指示書と口頭での説明に従って針を動かしても、頭の中で整理されていなければ、結局何も残りません。

いちど自分で手を動かしてみて、それからお手本を見せる、そうすると、一度目に分からなかった部分を注意して観察できるし、練習の時には流れを追うだけで精一杯だったことも二度目にやるときはコツがつかめるはず。

糸の締め具合は最初の段階で説明してもなかなか伝わりませんが、自分で作ってみて、そのあと実演を見ることで納得できるのではないかと思います。

だったら最初にお手本を見せれば良いのに、と思われるかもしれませんが、わたしはそうは思わない。

体験した後でなければ、なにが自分にとって難しいのか、どうやったらうまくできるのかといったギモンを持つこともないと思うのです。先に実演を見たからといって、いきなりできるとは限らないのです。

人数が多い場合は、どうしてもひとりひとりの作業状況を確認するのが難しくなってしまいます。なので、ある程度理解した状態にしてから作品を作ってもらう必要があるかなと。

◆活版TOKYO2015 手製本ワークショップ

次に行う「活版TOKYO2015」の手製本ワークショップ、こちらは一度に6人の方が製本体験をします。

時間はおよそ90分~110分程度。他のWSでは表紙の下準備から始めますが、今回はあらかじめ済ませておくので、実際は本文6折と表紙を含めて8折り分のかがり作業と最後の表紙の仕上げのみ。

この時間内で練習→実演→作業は厳しいので、練習の代わりに概要を説明し、実演をご覧頂きながら指示書の内容を確認してもらう、そして各自かがり作業に取りかかるという流れになるかと思います。

今回、白紙のノートではなく、ナカミがある絵本をつくります。100年前の洋書をミニチュア化したモノ。オリジナルの本は当日会場にお持ちしますので、是非ご覧下さい。

もとの本はB5サイズぐらいありますが、思いっきり小さくして、手のひらにのるくらいの小さな本に仕立てます。大きすぎず、また小さすぎず、初めて糸かがりを体験するのには、このくらいがちょうど良いかなと思っています。

なんといってもイラストがかわいいのです。そして表紙はイベント実行委員のまんまる〇さんによる活版印刷です。いますぐにでも公開したいところですが、これは当日のお楽しみということで。

告知がはじまって、予想外に早い時期に定員に達してしまったため、予約が間に合わなかった方が既に数名いらっしゃいます。

活版TOKYO2015が終わった後でも、土曜日ワークショップでご案内するつもりですので、ご希望の方はメールでお問い合わせ下さいませ。

翻訳詩集

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5年前に同じタイトルの記事を書いたことがあるので、その続きといった感じで。

まだ「本をつくる」なんてことを考えていなかった頃、「本を読む」というよりも「本を集める」ことに熱中した時期がありました。集めると言っても、金も置く場所もないし、何でもかんでもというわけにはいかないので、かなり限定された範囲でのはなしです。

古い語学書、植物民俗誌関係、書物に関する本、そして外国文学の翻訳書がその対象でした。

翻訳書で集中して集めたのがシュティフターとシュトルムの本。出版されたものすべてとは言えませんが、それでもかなりの数になります。最近はゆっくりと読む時間もないのが残念。

翻訳書を集めると、同じ作品を読み比べてみます。もとが一緒なのに翻訳の数だけ違いがあり、それによって受ける印象が違うのはおもしろいこと。良し悪しを評する資格はないので、ただ単に愉しむという姿勢で。

ヘッセの詩文集『放浪』やギッシングの『ヘンリ・ライクロフト』等を読み比べの資料としてつくった記憶がありますが、手元に残っていないのが残念(書物の方はいまもあるので、やろうと思えばできなくもないのですが)。

さて、こんな中で実際に手製本に仕立てたのがシュトルムの翻訳詩集です。

storm.jpg手製本を始めたばかりの頃に一度つくったものを、今年の春に新しいカタチで仕立ててみました。

むかし作ったのは16ページの本当にシンプルな冊子でした。

表紙を含めて16ページなので、本文が見開き7面、ここに7つの翻訳を収めました。

その後新しい翻訳を見つけたので全部で8つになり、ページの構成を変更すると同時に、なにか「手製本らしさ」を盛り込みたいなと。

写真では天の部分が青、赤に染めたかのように見えます。また小口は白と青、赤がストライプ状に。どういうことかというと、もともと本文は20ページしかないのです。それをそのまま綴じてもボリューム感もないし、おもしろくもない。なので、本文を片面にのみ印刷して、蝋引きしました。

紙にろうそくの蝋を染みこませると、半透明になります。両面に印刷したものを半透明にしたのでは読みにくいだけなので、片面のみ印刷するのがポイント。インクジェットプリンターで印刷したものは蝋引きできます。

半透明になったものを間に色紙を挟んだ状態で3枚一組の折丁(本来なら12ページ分になりますが、一枚は色紙で残り2枚も片面印刷なので、実質は4ページなのです)をつくり、糸でかがって製本。

storm2.jpgナカミはこんな感じ。写真では分かりにくいかもしれませんが、開いた本文が青い色紙と重なっているので水色っぽく見えます。

今回のは文庫本サイズです。

ゆっくりと、じっくりと読めるようにしたかったので、このくらいがちょうど良いかなと思います。

文字サイズも大きめにして、窮屈にならないくらいにレイアウトしたつもり。

8つの翻訳と最後に出典一覧、そしてドイツ語の原文をいれたらちょうど良い具合に収まりました。

この翻訳詩集はシュトルムの「ヒヤシンス」を集めたものですが、これとは別にいくつか試みがあります。シュトルムの他の詩でもつくろうかと。こちらは「みずうみ」にあるものなので、詩集として翻訳されたものだけでなく、「みずうみ」の翻訳書からも集めることができます。その結果一つの詩に対して28通りの訳が集まりました。今の段階では「はん・ぶんこ」サイズのシンプルなものなのですが、これを文庫本で同じ体裁にしたら相当なボリュームになりそうです。やってみたい気もするし、手間を考えるとちょっとという部分もあるし・・・悩むところです。

手仕事百態

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先日、古書店で『手仕事百態』という本を見つけました。昭和42年発行なので、ほぼ50年前のものです。

teshigoto.jpg前半は128枚のモノクロ写真、そして後半は「日本人の手」という文章が収録されています。

50年前の日本の各地でつくられていたモノ、そしてそれをつくる人の手。この手がとても美しいのです。

このなかには今でも工芸品、民芸品として作られているものもありますが、もう見かけることもないうなものも。

むかし、農村で冬の農閑期に細々と作っていたもの、わたしも実際に見たことがあるものもあります。

商品としてではなく、実際に仕事や生活で使うモノを自らの手で作り出す、ある時期まではあたりまえのことだったのかもしれません。

手仕事の世界は、あきらかに危機に立たされている。遠からぬ将来に、いまある手仕事のすくなからぬ部分は機械におきかえられてゆくことになるだろう。非情なようだが、仕方がない。われわれの生活は、より多く工業とむすばれるようになってゆく。手仕事のつくった〈もの〉とのつきあいは、うすくなるいっぽうだ。

50年前にこのように語られた言葉を読むと、たしかに「手仕事」として残っているものはほとんどないかのようにも思われます。というよりも、今からみたら、過去には手仕事で作られていたと想像することすら難しいかもしれません。

この文章の中で、このあと、「しからば、手仕事は完全に絶望的なのか。わたしは、三つの方向を手仕事の将来に考える。」と続けています。

一つ目が「手仕事の伝統の転生の道」、二つ目は「手仕事をより芸術に近づけること」、そして三つ目は「〈手芸〉の可能性」だと。

二番目について、

「手だけがもつあの感覚の鋭敏さをさらにとぎすまして、機械にはどうしても真似のできない、人間の手だけの世界を毅然と確立することである。手づくりの〈もの〉は高価でなければならぬ。高価であるのが当然だ。高価だが、それだけのことはある――そういうふうに人が思うような〈もの〉だけをつくるべきだ。」

と言っています。

機械との差別化、高度に熟練した技術により一点ものの〈もの〉を作る。

製本の世界で言えば工芸製本かなと。確かに興味はあるし、こういったモノを手がけられるようになりたいという気持ちもないわけではない。

ないわけではないけれども、それを目指そうとはあまり考えていないし。

そして三番目にある〈手芸〉について。

〈手芸〉というのは、つくった〈もの〉を売るはなしでなく、〈もの〉をつくるプロセスをたのしむなはしであった。それは、いわば、生計の問題と無関係な手の、〈無為の行為〉なのであった。その、のんびりした姿勢から、しばしば〈手芸〉のなかにはみごとな作品が開花する。(中略)

いわゆる手仕事と、わたしのいう〈手芸〉とのちがいは、前者のつくる〈もの〉が商品であるのにたいして、後者のばあい、〈もの〉は商品としてつくられていない、ということである。〈手芸〉は、ただ、つくることのたのしみのために〈もの〉をつくるいとなみだ。商品としての〈もの〉は、さまざまな外圧をうける。注文主の圧力、予算の圧力、納期の圧力......その圧力によって、しばしば手は萎縮する。しかし〈手芸〉のばあい、手はもっぱら自発性によってうごく。

この文章を読んで、これまで考えていたことに対するひとつの答えを見いだしたような気がします。

美術品、工芸品的な方向を目指すのか、あるいはそうでないカタチがあるのか。

そもそも手づくり、手仕事ってなんなんだろう?ということも。

「手製本」ってなに?

なぜ「手製本」なの?

もともとが「自家製本」からはじまったものなので、せっせと商品を作ろうなんて気持ちはないし、百貨店やセレクトショップに置かれるようなモノを作ろうなんて考えもない。

ただ、自分が欲しいモノ、使いたいモノを作る。

そして「作ること」を案内する。

ワークショップはそんなことを考えながら行いたいなと考えています。

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