2014年11月アーカイブ

背表紙がない本

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小さな本工房の手製本は基本的に背表紙をつけず、糸でかがったところがみえる状態になっています。

背だけを見たら、和装本のようにも見えますが、一般的な和綴じ(四つ目綴じや麻の葉綴じなど)とも違います。折り丁どうしを繋ぐところが鎖のようになっているのが特徴です。

はじめて小さな本工房の本をご覧になった方は、このカタチを不思議に思うかもしれません。あるいは、中途半端な、不完全なものと見るかもしれません。

製本の指南書を見ても、本文の綴じ方としてこの形を紹介していますが、この後で表紙をくるむ、いわゆる上製本に仕立てるための工程の一部分でしかありません。

私が製本を始めた頃は、本文をかがって、別につくった表紙をあとからつけるという、指南書通りのやり方をしていました。

でも、実際に自分で使うための本をつくるのがそもそもの目的でしたし、サイズや綴じ方などを検証していくうちに、いわゆる「上製本」が必ずしも使い勝手、使い心地の点で優れているとは思えなくなりました。

一番の理由は、開きやすさです。背を糊で固めた無線綴じの本は最初から期待することができませんし、糸でかがった本であっても、必ずしも開きやすいとは言えません。

ある程度大きな本であれば、それでもマシな方ですが、小さな本工房の標準規格である「はん・ぶんこ」の場合、小さいのに開きにくいとなっては全く意味がないのです。この点、背表紙がない本は、特に力をかけなくてもどのページも平らに開きます。これは読むための書物としても、あるいは何かを書き込むためのノートとしてもストレスなく使うために、一番大切にしたい部分です。

二つめの理由は、背表紙はなくても、表と裏の表紙があるので、十分に書物としての体裁になっているということ。もちろん、十分かどうかは見る人、使う人によって判断が異なるかもしれませんが、私はこれで構わない。

自分が使う作業用のノートは、ちょっと厚めの紙を折っただけのものですし、作品や商品として並べているものは厚紙を芯にして表紙を貼り込んだものです。どうしても背にタイトルが必要だというのであれば、カバーを掛ければ済むことです。

ついでながら、背を糊で固めることもしません。指南書ではかがり終えてから、背を糊で固めて、寒冷紗などで補強すると書いてあります。背がむき出しの場合、糊で固めていないと強度の面で頼りなさそうに見えるのでしょうが、実際のところこれが原因で壊れたということはありませんし、万が一糸が切れたとしても、糊を使っていないので、再度かがれば済むことなのです。逆に言えば、必要がなくなったら、糸を切ってバラバラにすることができるということで、紙の再利用が可能となるというメリットもあります。

三つめの理由は、本文と表紙とを別々につくってくるむやり方だと、どうしても強度の点で不安があるということです。

photo2.jpg昭和16年に発行された本です。本文は糸でかがってありますが、本体と表紙とは見返しで貼りあわせてあるので、表紙に近いページで分離してしまいます。

経年による劣化もあるのでしょうが、書物が壊れるのは大体このあたりからのような気がします。

そして、一度このように分離してしまうと、無理やりテープで補修したりして、却っておかしくしてしまう恐れもあります。

 

photo1.jpgもう一つ、別の例です。これは1930年頃のドイツの本です。

こちらは背表紙の部分が切れてしまっています。ナカミは普通に開いて読むコトができますが、きちんと修理しないといけません。

どちらも相当な年月が経っているので、仕方が無いのかもしれません。でも、今つくられている本だって、数年先、数十年先にはどうなるか・・・

 

この点に関しても、背表紙がない仕様の本が優れているように思えます。

壊れることを前提につくるのは論外ですが、仮に壊れてしまっても、修理が施せるようにする、こういったモノ作りというのも大切なことではないかと思います。そうすると、最終的には非常にシンプルなカタチになっていく、そして、それで十分だったりする。

素材にこだわることも大切だろうし、装飾的、技巧的であることも魅力がありますが、それとは別のカタチがあっても良いのではないかな、と思うのです。

ガラスの向こうの本

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練馬区美術館でやっている「見つめて、シェイクスピア!展」を見てきました。

展示のひとつが「美しい装丁本」ということで、革装の立派な書物がずらりと並んでいるのは壮観でした。

国際製本コンペティションの入賞作品とのこと。なので、確かに美しい!のですが、ガラスケースに収まっているので、直接触れることはできませんし、ナカミがどうなっているのかも分かりません。

これはこれで一つの世界なんだろうな、と思います。革で装幀した本は確かに書物のなかでも別格なのでしょうが、それを目指そうとは考えていない。それだけの技術を持ち合わせていないから、単なる「ひがみ」なのかもしれないけれども、最初から書物に対する考え方が違うのだから、それはそれで構わないかな、と。

むかし装幀家の作品展を見たことがあります。でも、これもひとつひとつがケースの中に収まっていて、表紙だけがみられるというものでした。装幀の美しさ、あるいは奇抜さという点では興味を惹きますが、それ以上のことは感じられませんでした。

ガラスケースに入った本、果たしてそれが書物と呼べるものなのか、ちょっとギモンに思うのです。美術館、博物館にあるようなものは別として、手仕事としての製本が目指すカタチって・・・

西洋の工芸製本に興味がないわけではないのですが、みんなが皆それを目指さなければならないとは思っていません。美術品として世界に一冊しかないものをつくるのも一つの仕事だろうし、工芸品として機械製本にはないようなものをつくるのも一つの仕事です。

小さな本工房がつくるものは美術品でも工芸品でもないものです。日用品としての書物ということがふさわしいかどうか分かりませんが、気持ち的には普段使いのものをつくるのが仕事と考えています。

一月前に書いた記事「手製本の原点」とも重なりますが、美術工芸品とは違った手仕事、機械製本とは違った手製本を目指したいなと。

なので、極度に豪華なもの、派手なもの、奇抜なものをつくるつもりはないし、特別上等な素材で仕立てるとか、必要以上に装飾を施すことも考えていません。

むしろ、材料費はできるだけ抑えて、手間代だけ頂戴するくらいの気持ちで。

世界に一冊しかないような美術品ではなく、でもちょっとだけ特別な本を作りたいな、と。

香草単

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20年ぐらい前、ハーブに興味を持っていろいろと資料を集めていました。

最初は日本で発行されたものを。まだハーブの本自体がそれほど多くもなく、書店で見かけたらとりあえず購入するということをしていました。でも、大体は似たり寄ったりで、今残っているのは数冊しかありません。

英語やフランス語から翻訳したものもあったのですが、翻訳によって名前が違っていることに気づき、簡単な便覧を作ることを思いつきました。日本語に翻訳された名前と、併記してある学名との対照表を作って並べ替えたものです。翻訳書でなくても、学名が記載されている本はそれぞれリストを作ってみました。

その後、翻訳された本の原書を入手し、両方を見比べながら、それぞれがどう対応するのかをまとめました。この作業の時に学名を軸にしてそれぞれの言語を入力していくのです。

このとき、学名に慣れるために、『植物学名辞典』(昭和10年)と『有用植物の学名解』(昭和34年)の2冊を使って語源的なことを覚えました。

ハーブの本に出てくる植物の学名をノートに書き出し、そこに学名の語源を書き込む作業をしばらく続けていました。英語をやっていたときに語源に興味を持っていたし、もともとが語学専攻(ただし印欧系ではない)なのでこうしたことはあまり苦になりませんでした。この作業は、後にイギリスやドイツ、フランスの資料にあたる際に非常に役立ちました。植物学や生薬学、あるいは園芸学の専門家でなくても、ある程度知っていて損はないと思います。

ただ、この作業をやったのが20年も前のことなので、いま全部覚えているかというと相当あやしいです。ずっとハーブのことに関わってきたわけでもないし、ほかのことで手一杯になってしまい、本を読む時間もないというのもありますし。

当時蒐集していたハーブの本は大部分を手放してしまったので、今はそれほどたくさんあるわけではありません。

ただ、当時刊行されていた雑誌「HERB」が全巻揃っているのと、日本人が書いたものが数冊、外国語からの翻訳が数冊、あとは古い洋書がわりとたくさん。洋古書は50年以上前のモノばかりで、今の書物のように写真が満載の実用書とはちょっと趣が違います。文字ばっかりで、読むハーバルといったところ。

手元に『生薬単』という本があります。語源から覚える植物学・生薬学名単語集という副題がついていて、とても魅力的な内容です。これを見たとき、ハーブに特化したものを作りたいと考えました。仮に名付けたのが『香草単』です。

その後2009年に『ハーブ学名語源事典』という本が出て、すぐ購入したのですが、なかなか作業は進まず・・・書棚に収まったまま年月が過ぎてしまいました。

どうせ作るなら、学名だけでなく、英語や他の資料にある一般名、俗名をたくさん集めたものにしたいと欲が出て、資料を集めているうちに収拾がつかなくなってしまったような感じです。

つい先日出たばかりの本、『ヴィジュアル版植物ラテン語事典』をいま眺めています。ヴィジュアル版というだけあってカラーの図版を眺めているだけでも愉しめる本です。

さて、これらに負けない充実した『香草単』を、と思うのですが、いったいどうなることやら。

手製本を始めた動機の一つが、自分の本を作りたいからでした。「香草民俗誌」というテーマで、小さなテーマごとに一冊ずつ。その一つが学名・一般名対照辞典、これだけでも相当な時間がかかりそうな気がします。

どこかの出版社が出してくれるようなものでもないし、だったら自分で作れば良いんだ、と。自家製本もそれなりに意味があるのです。

ワークショップ

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工房からの風に出展した際、何名かのお客様からワークショップのお問い合わせを頂きました。

実際に製本された作品をご覧になり、自分でもやってみたいとおっしゃっていただけるのはとてもありがたいことです。出展の動機のひとつが、商品として売ることよりも、手製本を知っていただく、そして実際に作ってみたいという気持ちにさせたいということだったので、特に嬉しいのです。

1年半前の記事ですが、ワークショップについて書いたものがあるので、ご覧くださいませ。こちらです。

いまも毎週土曜日に同じところで行っています。

と言っても、予約があったときだけ開催です。必要最低限の準備はしてあるので、予約無しでも対応はできますが、あらかじめご連絡を頂ければ、ご希望に合わせて内容、教材を準備できるので、予約をお勧めします。通常は「はん・ぶんこ」サイズのノート(80ページ)をご案内しています。希望があれば、名刺サイズの和装本(本文は英語訳入りの百人一首)も可能です。

予約があったときのみ行う、でも一人でも予約があればやる!という贅沢な企画です。通常、こうしたことは採算が合うだけの人数が集まらなければ開講されずに終わってしまうでしょうが、これができてしまうのです。つまり一人しか予約がなければ、プライベートレッスンも可能ということ。

いま人気なのが、ショップで通常行っている技法体験(1000円)と製本体験(2000円)を組み合わせたもの。技法体験は木版、櫛引、墨流しから選ぶことができます。ここで作った作品を表紙(と見返し)にして「はん・ぶんこ」のノートを作るというもの。文字通り世界に一冊だけのオリジナル作品ができます。

私は他の教室に通ったこともないし、同様のWSに参加したこともないので比較はできませんが、参加して決して損はないと自負しています。実際に体験されたお客さまからは、予想以上の内容だったとコメントいただき、再度知り合いの方と一緒に参加してくださったという事例もありますし。

このワークショップで目指すのは、とにかく一冊のカタチに仕立てること。表紙の芯材と本文はあらかじめ下準備してありますが、表紙を作るところから始め、実際に糸でかがってきちんと使える状態まで完成させます。

ただ作ってみるというトライアル的なものではなく、要所要所でコツを教え、自作の便利グッズをご案内しているので、未経験者だけでなく、ある程度経験がある人にも役立つと思います。

人数が少ないので(通常は一人か二人)、参加者のペースに合わせて進めていきます。手順をその都度伝え、参加者がそれに従ってかがっていく、それだけのことですが、最初のうちはちょっと混乱した様子でも、進めていくうちに自然に動くようになってきます。そしたら手順だけでなく、コツをお伝えする。そして一通りかがり終えたところで、復習のための資料と教材をお渡しして確認してもらう。あとは自力でもなんとかできるようになります。

少し前の記事にも書いた森下典子さんの『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』に書いてある「お稽古」の様子、これを手製本で案内してみたいなと。

先生は手順だけ教えて、何も教えない。教えないことで、教えようとしていたのだ。

これがどこまで可能かは分かりませんが、こういった目指したいなと考えています。

古書道楽

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まだ自分で本を作るなんてことを考えていなかった頃、本を読むことよりも集めることが趣味みたいな感じでした。週末はほぼ決まって古書店巡り、いつも収穫があったわけでは無いけれども、とにかく見て回るのが愉しかった。

もちろん何でもかんでもというわけにはいかないので、ある程度狭い範囲での蒐集です。

ひとつはシュティフターやシュトルムの翻訳書。これはもうコレクションと言ってもいいくらいかもしれません。いまネットで古書を買い集めることもできるけれども、ここにあるものすべてを探し出せるかと言ったらたぶん無理だろうなと思います。これらの本を集めていたのは1990年代でしたが、古書店の棚を注意深く探せばある程度は見つけることができた最後のチャンスだったかもしれません。その後はそれほど真剣に探すこともなくなったし、気づかないだけかもしれませんが、外文の翻訳書は滅多に見かけなくなりました。

翻訳書の他、わりと古めの語学書も集めていました。集めただけできるようになったかというと、・・・・・・なので、手元にあるだけで満足といった部類のモノです。最近の会話が中心の教材には全然興味がなくて、古典的なスタイルの本ばかり。でも、今の教材にはないようなしっかりした感じがあります。いまの教材は確かに興味を持たせるような工夫を施してはあるけれども、私はあんまり好きではないのです。まぁ、好みの問題でしょうけど。

語学書を集めているのは、外国語で書かれた書物を読みたいから。そんなわけで、書棚には洋書も結構たくさんあります。しかも50年から150年ぐらい前の古書ばかり。これは国内の古書店で購入したものよりもネットで購入したものの方が多いかもしれません。外文の翻訳書を自分で歩いて探し回ったのとは対照的に、こちらはネットで検索。現実問題としてこちらの方が早くて確実ですし、便利な時代です。

洋古書のナカミはというと、これもまた偏っていて、あまり一般的でないものばかりです。普通に生活する上で、古い洋書が必要なわけがないし、それが書棚一つ分ぐらいあるなんて、すでに「普通」ではないですね。

一番多いのが香草関係です。その始まりは1994年に3月に購入した M.Grieve の "A Modern Herbal" という二巻本。1931年に出版されたもので、手元のモノが初版本かどうかははっきりしませんが、古い版であることは確かです。この本に挟んであった広告が気になって、数年後に入手したのが C.F.Leyel の "The Magic of Herbs"(1926) です。ハーブのフォークロア的な側面に興味があったので、この本はどうしても欲しくなり、ネットで取り寄せました。

C.F.Leyel は他に、"Herbal Delights"、"Compassionate Herbs"、"Elixir of LIfe"、"Hearts-ease"、"Green Medicine"、"Cinquefoil" といった本があります。

そしてもう一人、Eleanour Sinclair Rohde の本も。なかでも "A Garden of Herbs" は特別な一冊です。なぜ特別かというと、この本の中に著者 Rohde の自筆やタイプされた手紙が数点挟んであったから。もちろん本の内容も素敵なのです。他にも古い園芸書、本草書に関する本や文学との関わりに関する本もあって、興味の対象が重なるのです。個々の書物については、また別の機会にでも書きたいと思います。

園芸繋がりで Jekyll の本も、といっても手元にあるのは "Wood and Garden" だけですが。1899年のもので、綴じが壊れてしまっているので、ちょっと使いにくい。直そうと思えばできるだろうけど、しばらくはこのままにしておくつもりです。オリジナルの本はないけれども、Jekyll の "Children and Gardens" はアーカイブスサイトで書物のスキャンデータをみつけたので、はん・ぶんこの本に仕立ててみました。良い感じです。

ハーブだけでなく、イギリスの自然を言葉でスケッチしたような文筆家がいます。 Richard Jefferies です。岩波文庫の『野外にて』がきっかけで、英文を確認してみたくなり、書物を集めるようになりました。"The Open Air"のほか、"Wild Life in a Southern County"、"The Life of the Fields" 等々。自然描写のなかで、あるいは人々の生活を描く中でふつうにハーブが出てくるのが魅力。ハーブや野の花が出てくるページを使って押花帖みたいなものを作ってみたいと考えています。

それから植物図鑑。19世紀後半のモノだと思います。全6巻で相当なボリュームですが、植物図譜がときどきプレートに入って売られていることがあります。この本、植物学的な記述もありますが、それ以外のことがいろいろ書いてあるのがおもしろいところ。どのような使い方があったのか、古詩の引用があったり、民俗誌的な記述があったり、読み物としても魅力があります。

図版が美しいモノと言えば、花言葉の本が数冊。カラーの石版印刷がとてもきれいなのです。その中の一冊はスキャンしてミニチュア本を作ったり、封筒などのステーショナリーに加工したりしてみました。花言葉の本の中に、Greenaway の本もあります。初版本らしいのですが、そうでなくても美しさは変わりありません。

そして最後になってしまいましたが、主に1880年代に出版された植物民俗誌関係の本。英語だと "Plant-lore & Garden-craft of Shakespeare"、"Plant Lore, Legends and Lyrics"、"Flowers and Flower Lore"、"The Folklore of Plants"など。 他に独逸の古書でも同様のモノが数冊。

サイトのトップページある四つ葉のクローバーの画像はドイツの古書店から届いた植物民俗誌の本です。この本のこのページにクローバーが挟んであったのです。本そのものは100年以上前のものです。いつ誰が挟んだ物か分かりませんが、いまここにこの本がある、それだけでも素敵なことのように思います。

これらの書物も電子化してしまえば、スペースもとらずに、どこにでも持ち歩くことができるのでしょうが、何でもかんでもデジタル化されるのは素っ気ない感じがします。

古い書物を眺めながら、カタチや重さ、匂いがある「書物」にこだわりたいという気持ちを新たにしました。

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