森の小径

| コメント(0) | トラックバック(0)

手製本とは関係ない話題ですが・・・・・・

このサイト(ブログ)のドメインは、"waldsteig.net"です。

「小さな本工房」だとか、「手製本」、「はん・ぶんこ」とか、わかりやすいのにすればいいのに、って思うこともありますが、手製本を始めるずっと前に登録してあったので、そのまま使っています。

で、"waldsteig"というのは何かと言いますと、独逸語で「森の小径」という意味です。私の一番のお気に入り作家、Adalbert Stifter(1805--68)の作品名です。

私がシュティフターを知ったのは、1994年の7月31日、つまりちょうど20年前の今日でした。

当時、ドイツ文学(特にシュトルム)の翻訳書を蒐集していて、あちこちの古書店を歩きまわっていました。普段は土曜日ぐらいしか古書店巡りができなかったのですが、たまたま夏休みをとっていたので、普段行かないような所で立ち寄った店で偶然見つけたのが、山室静訳の『森の小径』(沖積社)だったのです。

本の帯に書かれた解説に惹かれて買い求め、その日の夜のうちに読み終えてしまい、翌日には岩波文庫の『水晶・他三編』を買いに神保町の書店まで出かけました。

帯に書いてあった文の一部です。

そして彼の作品には、天才の華麗や雄渾や、奔放な飛躍はない。彼が好んで描いたのは、言わば、野の花のような、ささやかで素朴な、いくらか少年めき、牧歌めいた小世界であり、植物めいてしずかな魂の、徐々として自立的な形成と成熟であった。

もともと、シュトルムの翻訳書を蒐集していて、いまも手元に90冊ぐらいあるのですが、それ以降はシュティフターの翻訳書を集めることに夢中になり、数年間はあちこちの古書店で探しまわりました。いまならネットで簡単に探せるけれども、自分の足で歩いて集めたので、それぞれの本に思い出があります。ネット社会が便利なのは否定しませんが、なんだか楽しみを奪われてしまっているようで、ちょっと寂しいものがあります。

古書を探してみると、割と簡単に見つかる本もあるし、逆になかなかお目にかかれないような本もあって、それこそ運の良し悪しもあるだろうし、運命的ともいえる出会いもあったり。それだけであれこれ語れそうな気がします。

最初に読んだ『森の小径』は習作集の中の作品、そして『水晶』は「石さまざま」のなかの一編ですが、いくつか作品に接するうちに、どうしても『晩夏』を手に入れたい、読んでみたいという思いが強まって、しばらくはこの本ばかり探し歩いていました。で、この年の12月28日に神保町の書店でようやく見つけることができました。

帰省のための電車代だったお金は『晩夏』ともう一冊(『晩夏』の一部を対訳にした教材です)に化けてしまいました。そんなわけで、帰省せずに、年末の三日ぐらいは『晩夏』の世界に浸り、その後現実に戻るのにちょっと苦労したくらいです。幸い年始の休みが残っていたので、なんとかなりましたが。

『石さまざま』の序文や、『晩夏』の中で述べられている言葉は、少なからず影響をうけています。一時期、『晩夏』を毎日電車の中で読んでいて、元々の表紙が取れてしまい、布で装幀し直したくらいです(このときは自分で製本をするようになっていました)。

なにかを学ぶこと、なにかを作ることについても、どこかしらつながってくるものがあって、その部分を大切にしていきたいな、と思います。

作品の中の珠玉の言葉をあつめた小さな本、あるいは、「はん・ぶんこ」サイズの習作集や彩石集なども作ってみたいな、と。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://waldsteig.net/mt/mt-tb.cgi/205

コメントする

Powered by Movable Type 5.2.3