書物をなおす

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実に3ヵ月ぶりのブログ更新。

この間のサイトを訪問してくださった方がいらっしゃったようで、生きているんだろうかと心配されたとか。ご心配をおかけしました。

この間、特に何があったというわけでもないのですが、とにかく暑すぎて仕事にならなかった、いや、これは言い訳で、いまこっそりと進めているプロジェクトがありまして、もう少しまとまったらご案内しようかと。

まずは今後のマーケットの予定です。

10月6日、雑司ヶ谷鬼子母神の手創り市
10月27日、千駄木養源寺の&SCENE手創り市
に出店します。

8月の&SCENEと9月の手創り市が雨で中止になってしまい、ちょっと残念。季節的にも過ごしやすいので今度こそは晴れてほしいものです。

さて、いま書物の修理作業をしています。

修理するのは小さな本工房所蔵の古い洋書です。

"MDCCCXLVIII"とあるので、1848年のものということになるのでしょう。

扉には"3.12.1887"と鉛筆で書かれています。

前の持ち主が書いたのでしょう。

1887年に誰かが持っていた書物がここにあるということ自体、ちょっと不思議な感じがします。

本体が表紙から離れてしまっており、また本体もかがり糸が切れて、バラバラになっています。

このままではどちらにしても使いにくいので、いったんかがり糸を全部切って、綴じなおすことにしました。

全部で200ページぐらいの分量なので、それほど手間はかからないはず。

元々のかがり穴が大きくなってしまった部分や弱くなっているところもあるので、和紙で補強してからかがります。

昨年の春に本格的な修理作業をしたときは、無線とじの本だったので、全部のページを和紙でつなぐ作業から行ったのですが、今回は補強してかがるだけなので、気分的には楽。ただ、なおした結果がどの程度になるかはまだわかりません。

小さな本工房の書棚には100年以上前の洋書が数十冊あって、ほとんどは特に壊れた箇所もなくいまでも普通に開いて読むことができるのですが、この本は購入したときから壊れかけていました。

ある程度製本技術が向上して、自分でなおせるようになったら修理しようと思っていたものだったので、ちょうど良い機会なのかもしれません。

さて、この本の場合は、本文のかがり糸が切れたほかは完全な状態で残っている訳だし、表紙もすこし補強すればこのまま使うことができます。なので、普通に作業をすれば、元の形に近いものになるはずです。でも、本当にこの形が良いのか、多少疑問に思うこともあって。

小さな本工房の手製本をご覧になった方はおわかりだと思いますが、ほとんどが背表紙をつけずに糸でかがっただけのシンプルな装丁になっています。

背表紙があって、栞ひもや花布があるような書物からみるといかにも中途半端な形に見えるかもしれませんが、これは制作する側と実際に使う側の両方の立場からみて、使い勝手と使い心地がよいものであるとの実感から落ち着いた形なのです。

見た目は頼りないくらい単純な作りですが、実際は案外丈夫にできていて、実際に自分で使うために作った作業用のノートは、「かなり」酷使したにもかかわらず全く壊れることはありませんでした。仮に糸が切れたとしても、綴じなおせば済むことなので、さほど気にしてもいないのですが。

一般的な手製本の場合、かがった後で背を糊で固めて、寒冷紗で補強し、そのあとで表紙を別につけます。そうすることでより丈夫なものにするということなのですが、そうすることによって得られるものと失われるものを比べたとき、私はそこまでする必要なないと思うのです。

手製本が機械で大量に作られたものと同じである理由はないわけで、むしろ、そうでない価値があるから手作りの意味があるのだと。これについてはまた別に書きたいと思います。

話を修理の方に戻します。これから修理しようとしている書物は糸でかがった後で背の部分を新聞紙で補強されています。でも壊れるときは壊れる。経年劣化によるものなのか、扱いが悪かったのか、それはわかりませんが、つまり絶対に壊れないといったたぐいのものではないわけです、最初から。

もちろん、壊れることを前提に作るなんてのは論外ですが、どんなものでも壊れることは想定しておかなければならない。問題はそのときどうするか、です。

この本に限らず、酷使した書物が壊れるとき、だいたいどの部分からこうなるのかは予想できます。それは書物の構造がわかれば容易に想像できるわけで、だからこそ気を遣うべきところなのでしょう。

背表紙があるのとないのと、どちらが良いのか、
背を糊で固めるのが良いのか、何もしない方が良いのか、
かがりの糸はどの程度の強度が必要なのか、
このあたりのことは、もう少し検討してみる必要があるかもしれません。

結論が出るまでは、今まで通り、背表紙がない形で、あえて糊を使わずに済ませることにします。糊を使わないことで、万一糸が切れても簡単にかがりなおすことができますし、本当に必要がなくなったらならば、すべての糸を抜いてしまえば、バラバラになって、紙は再利用できます。むしろその方がずっとエコだし、都合が良い。

話がそれますが、和綴じ本はかがり直すことが前提になっているのかもしれません。年数がたって、糸が切れてしまった本を見かけますが、これは綴じなおせばすぐに元の形になる、これはきわめて合理的で洋装本よりもずっと優れているような気がします。

ただ、普通の洋紙を使って和装本仕様に仕立てても使い勝手が良いとはいえませんから、ただまねても意味はないと思います。

小さな本工房の糸かがり手製本は、実は、和装本と洋装本の「良いところ取り」なのです。

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