2012年11月アーカイブ

工房通信(11月)

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2月のマーケット出展予定です。

12月2日(日曜日)、代々木八幡の渋谷てづくり市に出展、
12月16日(日曜日)、雑司ヶ谷鬼子母神の手創り市に出展、
12月23日(日曜日)、千駄木養源寺の&SCENE手創り市に出展します。
2010年12月に初めて鬼子母神の手創り市に出店し、今月でちょうど2年、12月の出展から3年目に入ります。

最初の頃は毎回前日は徹夜で、慌てて作品を創っていました。なにが売れるか、お客さんがどんなモノに興味を持ってくださるかも分からず、試行錯誤の連続でした。

豆本、手製本の出展者はほとんどいないため、それなりに注目して頂けるのはありがたいのですが、ただ珍しいだけでは意味がありませんし、手作りならではの「何か」が必要かなと考えています。

豆本、書物として完成された商品を売るのではなく、お客さんと一緒に書物を作っていく、そのための案内の場といった意味合いで出展することにしました。なので、マーケットで並べているものは商品よりも見本の方が多いのです。

しかも、自分が使うために作ったものまで並べてあって、どう見ても商品には見えません。漢字表や動詞活用便覧などはどのページにも書き込みがしてあります。

糸でかがっただけで背表紙もない状態ですから、普通の本に慣れた人からみれば中途半端に見えるかも知れませんが、使い勝手に関しては一般の本よりも優れていること、また「はん・ぶんこ」サイズが手に馴染む大きさであること等をご覧頂けるようにしています。

洋古書のミニチュア本は、本来主力商品ではないのですが、見た目がかわいいので、立ち止まってくださるお客さんがたくさんいます。著作権が切れた100年ぐらい前の本がデジタル化され、ネット経由で自由に閲覧することができます。これをPCのモニタで読むのではなく、紙の本に戻すという試み、しかも一般的なサイズではなく、手のひらに収まるような小さな本に仕立てたものです。

印刷する紙の種類やサイズによって同じものでも仕上がりの印象が違ってきます。また、どんな表紙をつけるかで見た目もだいぶ変わります。なので、お客さんと相談しながら、どんな本にするかを決めることができます。

小さな本工房の原点は語学系豆本で、本の中身はテキスト中心です。なので、文章中心の本を一から作ることも可能です。ブログ記事をまとめて一冊の本にする、創作品を書物にまとめる等も可能です。

既存の本を表紙だけを付け替えるのではなく、中身の編集から製本まで、まさに一冊の本を作り上げる、そんなお手伝いもできます。

ちょっとしたメッセージブック、ノートのように書き込みスペースがたくさんある本、ブログ記事などをまとめた本など、一冊から作ることができます。

マーケットではサンプルをご覧頂きながらご案内致します。興味があれば是非とも声をお掛けくださいませ。

豆本( )書物である

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40日ぶりのブログ更新で、事前にお知らせするのも忘れてしまいましたが、今日は雑司ヶ谷鬼子母神の手創り市でした。

初出展が2010年12月だったので、ちょうど2年になりました。これまで天候不順などによる中止以外は毎回出展してきましたが、先月は豆本フェスタ3と重なってしまったため、ちょっと久しぶりな感じです。

今日も例によって商売っ気は全くなし。お客さんや他の作家さんとおしゃべりばかりして過ごしていました。扱う素材や作るものは違っていても、手仕事・手作りという共通のものがあるので、ついつい話し込んでしまうこともあります。

夏にお隣だった織物作家のnomamaさんとのコラボ作品、お客さんに喜んで頂けたというお話を聞いて、とても嬉しい気持ちになりました。今日は二軒となりだったので、お客さんの反応などをすぐに教えてくださり、また小さな本工房へ案内してくださったりで、ありがたいことがたくさん。

また、先月豆本フェスタ3で一緒に出展したくうそうせかいさんがお隣で、「はん・ぶんこ」の表紙に使う飾り罫を描いてくださいました。小さな本工房の「はん・ぶんこ」叢書(名前がまだ決まっていませんが)はくうそうせかいさんの飾り罫をいれた共通の表紙になる予定です。

さて、タイトルの「豆本( )書物である」ですが、括弧の中に適当な語を入れるとしたら・・・という話です。

「豆本」や「書物」をどう定義するかは置いといて・・・

回答例:

◇豆本が書物である:これは豆本でないモノは書物でないように聞こえてしまうのでヘンですね。

◇豆本は書物である:こうすると、豆本というのはすべて書物だと断言しているように聞こえます。

◇豆本も書物である:書物にはいろいろあるけれども、豆本もそのひとつだという感じでしょうか。

◇豆本だって書物である:書物には見られていないけれど・・・というニュアンスがあります。

◇豆本こそが書物である:書物の中の書物とでも言いたいのでしょうか?

◇豆本とは書物である:そんな風に定義してもいいのかどうか分かりませんが・・・

他にもいろいろあるかもしれません。小さな本工房としては豆本も書物のひとつという考えです。書物をどう捉えるかによりますが、文字が印刷されたものであれば、ルーペなどを使わなくても「普通に」読むことができるもの、冊子形式であれば、読むのに不便のない程度にはきちんと開くもの、ということにしましょう。

この二つの条件を満たしていなければ、本の形をしていても「雑貨」扱いです。洋古書ミニチュア絵本でも文字が普通に読めるものは書物として扱い、小さすぎて判読できないものは「本の形をした雑貨」として扱います。ヴィクトリアン豆絵本や花言葉豆本はオリジナルの本をスキャンしてかなり小さくしたものなので、挿絵の雰囲気は伝わりますが、テキストが読めないので書物として扱うわけにはいかないのです。

二つ目の条件、「きちんと開く」ことに関しては、豆本に限らず、一般に流通している機械製本でも開きが良くないものもあるのでちょっと問題かなと思います。

小さな本工房の手製本は糸かがり製本で、使うことを前提にしているものは背表紙をつけずにかがりの部分がむきだしになっているので、基本的にどのページも平らに開きます。この点に関しては機械製本よりも優れていると自負しています。書物として読むだけでなく、書き込みをすることを前提に作った作業用のノートは、支持体を使わず一本の糸だけでかがってあるので、どのページを開いても平らになります。

豆本をサイズで定義するなら、「はん・ぶんこ」は豆本の部類に入りません。はん・ぶんこの長辺は105ミリですから、豆本の定義の一つ、3インチ以下という基準から外れてしまいます。小さな本工房の手製本は普通の書物から見たら小さいし、豆本から見たら大きいし、どっちからみても中途半端な大きさです。

でも、そんなことは重要なことではなく、使い勝手と使い心地が良い、この二つは手製本を作る上で目指すべき方向であり、装飾的な美しさとか素材の豪華さとかは副次的なことにすぎません。

手製本には機械製本にはない何かが必要。そもそも機械製本と同じものを目指したところで限界があります。そうではなくて、手仕事だからこそできるもを目指せれば、それでいいのかな、と考えています。

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