2012年7月アーカイブ

使い勝手と使い心地

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先日の雑司ヶ谷鬼子母神の手創り市、今回もたくさんのお客さまとお話することができました。

手創り市の写真部の方が小さな本工房にお越しになり、写真を撮ってくださいました。写真部のブログで紹介して頂いています。ほかの出展作家さんの作品も素敵です、是非ご覧ください。

手創り市写真部

もともと商売っ気が無いとはいえ、お求め頂ける商品が少なく、気に入って頂けたのにお渡しできず、いつも申し訳ない気持ちになります。

中身も装幀も全部がオリジナルであれば、普通に「商品」として並べて、値段をつけて、買って頂くこともできるのでしょうが、オリジナル作品と呼べるのは『百人一首暗記帳』や語学系豆本の類で、これを並べたところで買い手がいるかとなると別問題。

展示してあるのは「常用漢字表(韓国語音併記)」とか「韓国漢字音便覧」とか、「フランス語動詞活用便覧」等々、どれも書き込みがされているので、このままの状態で商品としてお渡しするわけにはいきません。ただ、作業用のノートとして「使い勝手」が良いことをアピールするには、実際に作業に使ったモノの方が説得力があると思うのです。

この「使い勝手」というのは、手に馴染む大きさであるとか、糸かがり製本でどのページも平らに開くため書き込みがしやすいといったことです。

手製本というと、機械で製本されたモノとは対極の、芸術品や工芸品のような「一点物」のような見方をされることもありますが、そうではなく、「普通に」使えるものを「使い勝手」と「使い心地」が良いように仕立てたものであるべきと考えています。

革や高価なマーブル紙を使って、花布も編んで、箔押しをしたり・・・といった豪華本を作ろうなんて気はないし、技術的にもまだまだ未熟すぎます。第一、そんな豪華本にふさわしい中身を準備できるとは思えませんし。

小さな本工房の「実用的豆本」は、一般に流通している機械製本とは違います。

そもそも手作業で作られる本が、全く同じ規格で大量生産される本と同じであるわけがないし、それを目指すこと自体無意味です。コストを考えなければ、印刷屋さんや製本やさんに頼んだ方がよっぽど楽です。

上に書いたように、使い勝手に関しては、市販の本(特に無線とじの本)よりもずっと良いし、「はん・ぶんこ」サイズの本がなぜ無いのか不思議なくらいに感じています。もっともこのサイズ(A7判)が一般的になってしまったら、小さな本工房の「はん・ぶんこ」の本が目立たなくなってしまうかも知れませんが。

大きさと綴じ方(支持体を使わずに一本の糸だけで表紙と本文とをかがってしまいます)は小さな本工房の「こだわり」の部分なのですが、それ以外の部分ではできるだけ簡素にしています。

「使うための」本であるならば、別にハードカバーにする必要はないし、背表紙がない方が開きやすいので、表紙は厚めの紙を折っただけのモノを本文と一緒に糸でかがるだけ。タイトルが必要ならばカバーを付ければすむことです。

A4用紙に両面印刷したものをA6サイズに切ってから折ってかがるのですが、ほぼ正確に裁断できるので、綴じ終わってから化粧裁ちをしません。それによってゴミが出ない、これも大事なことです。

洋古書のミニチュア化の場合はオリジナルの比率に応じて化粧裁ちをして、ハードカバーで装幀するのでちょっと事情が違ってきます。こちらはある程度「見た目」にも気を遣っているので、ゴミが出るし、ハードカバーで背表紙がある分だけちょっと開きが悪くなってしまいますが、それでも使い心地が悪くなるほどではありません。

ただ、洋古書ミニチュア化の試みは「実用的豆本」とは全く別の仕事と考えているので、これについては、また別に書くことにします。

使える本であるためには、本の大きさと中身のテキストのバランスも重要です。

マッチ箱ぐらいの本を作ることだって技術的には可能なのですが、そこまでする気持ちにはなれないし、その必要を感じていないので、今後も「はん・ぶんこ」を基準に仕立てて行く予定です。このサイズであれば、本文の文字も普通に読める大きさで組むことができます。

書体をあれこれ使うのは野暮ったいので、できるだけシンプルに(和文はヒラギノ明朝、欧文はCaslonかGaramondあたり)して、文字の濃度は真っ黒ではなく80から90%ぐらいに押さえ、用紙は真っ白ではなくクリーム系の書籍用紙にして・・・といった具合で。

これらは使い心地を意識してのこと。

書物である以上、中身に専念できるのが一番良いわけで、ページが開きにくいとか、白黒のコントラストが強すぎて疲れるとか、可読性が劣るフォントを使うとか、小さすぎて読みにくいとか、そういったことは一つ一つ取り除いていかなくてはなりません。究極はこういったことをいちいち気にとめずに読み進められること。流通している書物でも、本文にヘンな書体を使っていて読みにくくしているモノがあるので、そうならないように心掛けなければなりません。好みの問題もあるかとは思いますが、特に文芸書では、形よりも中身に集中できた方がいいと思うのです。

使い勝手と使い心地、両方とも満足できるようなものを創り出せたらいいなと思います。

工房通信(7月)

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引越からひと月経ちました。

生活空間とは別に6畳の和室を手製本のための工房にすることにしました。でも、まだ道具類が段ボール箱に入ったままになっていたり、紙類の整理が終わってなくて、まだまだ使い勝手が良いとは言えません。

これまで使っていた180センチのライティングデスクと150センチのスチール書棚はなぜか台所に置かれることになりました。なので、いすに座っての仕事は台所でおこない、そうでない作業は和室でという、ちょっとへんてこな使い分けをすることになりました。

表紙を作るときに、糊を塗って紙を貼り、乾かす必要があるので、いすに座ってやるよりも畳の上でやった方が楽かも知れません。大きな文机があったら良いな、なんて考えています。

部屋の真ん中に作業台があって、手が届く範囲にいろんな道具を並べて・・・単にものぐさなだけかも知れませんが。

今後のマーケット出店予定です。

7月15日、雑司ヶ谷鬼子母神の手創り市に出店します。同時開催の大鳥神社へ向かう通路で一番端にいます。人通りの多い場所なので、多くのお客さまとおしゃべりができるのではないかと楽しみにしています。

8月5日は代々木八幡の青空個展に出展予定です。6月は引越、7月は申し込みに間に合わず(気がついたら締め切りになっていました)、なので、3ヵ月ぶりの出展です。

新しい作品の準備が進んでいませんが、これまで通り、サンプルをご覧頂きながらオーダーを受け付ける形になろうかと思います。

10月に豆本フェスタ3という豆本に特化したイベントがあります。同じ日に鬼子母神の手創り市があるので、どちらにでるか悩むところですが、豆本フェスタ3に出展することにしました。ミニワークショップを担当することになっているので、こちらを外すわけにはいきません。

このワークショップでは、ヴィクトリアン絵本のミニチュアの糸かかがりの部分を体験していただく予定です。手元にある本物の絵本をスキャンし、ミニチュアの本になるように印刷してあります。

16ページ(一折)や32ページ(二折)の場合はそれほど面倒ではないのですが、それ以上のときはどうやってかがるのか、これは私が手製本を始めたときにも疑問に思ったことなので、初心に返って。

ここで作るのは折丁が3つ、全部で48ページです。コツさえつかめれば、あとはページ数がどんなに増えても要領は同じなので、手製本の幅が大きく広がること請け合いです。「糸かがり」の実習以外にも、本のしくみについて理解できるような体験を準備しています。

ワークショップに関してはすでに定員に達し、キャンセル待ちとなっていますが、参加できない方でも時間が許す限りアドバイスを差し上げるように準備しておきたいと思います。

豆本フェスタ3のときには、普段マーケットでご案内しているもの以外にも新しい作品をご覧頂ける、そしてお求めいただけるようにします。

あと3ヵ月、それまでにどこまでできるか・・・

香草豆本

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手元にはないので詳しいことはわからないが、『珈琲豆本』という豆本を何冊か見たことがある。

私は珈琲を飲まないので、特に欲しいとは思わなかったのだが、もしこれが『紅茶豆本』だったら即購入していたかも知れない。

この珈琲豆本、何冊かシリーズになっていて、コーヒー好きで豆本好きならきっと買うんだろうな、なんて思った。あるいはゆったりと過ごせる喫茶店なんかにおいてあったら良いかも。そういえば1時間、2時間ひとりで過ごせるような喫茶店って、最近入っていないかも。むかし、紅茶専門の喫茶店があって、古書店巡りで良い本を見つけたときなど、そこで1時間ぐらい紅茶を飲みながら本を読んでいた。

「珈琲豆本」ではなく、「香草豆本」というシリーズを考えてみた。

簡単にいえばハーブの本なのだが、豆本なので普通の本のようにたくさんの写真やレシピがあるわけではなく、ちょっとしたエピソードとか名前のあれこれ、フォークロアに関する諺、言い伝え、文学作品にでてくる一コマなどを集めたもの。

手製本を始めるよりも前からハーブには興味があったし、実際に育てたり、そのハーブでクラフト作品を作ったりもした。最近はアロマ関係が人気のようだが、そういったことよりも文化誌的な側面に魅力を感じる。なので、半世紀以上前の書物や100年以上前の植物民俗誌の古書を何冊か買い集めてきた。

どの本に書いてあったか忘れてしまったが、「ハーブが見直される」ことになった背景には、昔は日常的に使われていて、その薬効とか用途を知っている人がいたということ、そしてそれが忘れられてしまったということがある、と。だから新しく発見されたのではなく、むかしの知識、知恵のようなものを見直そうという動きがあったということなのだろう。

ハーブの本、特にフォークロアに関する本にはいろいろと興味深いことが書いてある。名前の由来だとか、占いに使っただの、ちょっとした迷信や俗信、象徴的なこと、等々。

それから文学作品の中に出てくるハーブを抜き出したものもあったらいいし。シェイクスピア作品のハーブなどはすでに何冊かの本で紹介されているが、19世紀のイギリスの田園風景を言葉でスケッチしたジェフリーズのエッセイなどから集めるのもおもしろい。

むかし、こういったものを書き写してちょっとしたスクラップブックのようなものを作ったことがある。これをもとに、「はん・ぶんこ」の小さな本を作ってみようかと思案中。秋の豆本フェスタ3でお披露目できれば良いな、と考えている。

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