2011年4月アーカイブ

書物のこと

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対訳百人一首豆本の第二集を制作中。先に作った第一集は手元にある本と図書館から借りてきた本に基づいているが今つくっているのはネット上にあるテキストをもとに日本語と対訳形式に編集する。

どうしても「印刷された書物」がないと不安になってしまう。ネットで情報を得ることは手軽だし便利なのは認めるが、安易に扱えるというのは逆に心許ない気がする。

印刷された書物でなければいけないという理由はないのだが、たぶん、自分がアナログ人間だからなのだろう。でなければ、デジタル書籍をわざわざ印刷して製本するなんてことはしないだろう。

本を作ることは、昔から漠然と考えていたことだった。でも、それらしいものを作るようになったのはそんなに昔のことではない。

さっき書棚の本を何冊か取り出して眺めてみた。1930年代ごろのハーブの本、そういえば最近開いていなかった。いつ挟んだのか忘れてしまったが、ウッドラフというハーブの葉っぱが出て来た。そういえば他にもマージョラムやセージ、タイムなんかをあちこちに挟んだ記憶がある。四葉のクローバーはドイツから取り寄せた古書に前の持ち主が挟んだものだった。

書棚から取り出して、頁をめくると古書のにおいがする。本によって紙の手触りやにおいが違う。本のにおいなんて普段考えることはないが、実際に違いはある。実際、洋書と和書では違うし、中国の書物には中国のにおいが、ロシアの書物にもロシアのにおいがする。
書店に入ったときに最初に感じるのも書物のにおいなのかも知れない。

新刊書にはあまり興味がない。毎週のように丸善に寄ってあれこれ眺めて、時々購入するのだが、ずっと手元に置いておく本は案外少ないかも知れない。蔵書の整理をするとしても、結局片付くのは新刊書籍ばかり。古書は増えることはあっても減ることはない。
第一、引き取ってもらおうにも買い取ってくれる見込みはほとんどない。そのくらい一般ウケしない本ばかりなのだ。

よほどのことがない限り手放す気はないのだが、それにしても変わったコレクションだと思う。大体、専門家でもないのに100年以上も前のヨーロッパの本があること自体フツウではない。読める読めないは別として、中身もかなり偏っているし。

さっき取り出して眺めていたハーブの本はちょっと特別な、思い入れのあるもの。ハーブの世界にのめり込んで、和書だけでは満足できず本場の資料を集めようとせっせとネットで買い集めたもの。少しずつ増やしていったのだが、これだけの本を一度に集めようと思っても財政的に無理だろう。これらの書物を無駄にしないためにも、いかす方法を考えなければならない。

久々に手にした書物を眺めながら、いまなぜ本を作っているのか、手作りの本の意味は何か、そしてデジタルでは味わうことができない、「もの」としての書物について考えた。

手元に書物、とくに古い書物がなかったら、小さな本工房の活動もなかったのではないか、と思う。

工房通信(4月)

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東日本大震災から40日あまり。

自然災害よりも、人災のほうが恐ろしいと感じることがある。人災の中でも風評といわれるものがいかに愚かしいことか、時々考える。こんな時に人間の品性が見えてくるのだろう。節度を以て冷静に対応したい。

さて、4月の工房通信です。
一週間前の日曜日、「手創り市」に出店しました。去年の12月から出店し、今回は4度目のマーケットでした。これまでは寒い中での野外市で震えながら店番をしていたのですが、今回は暖かくて心地よい日差しのなかで一日店主をしていました。

普段は何かを作る作業をして、月に一度お客さんと話をしながら注文を受けたり、商品を販売したりする、お客さんの中には豆本を初めて見たという人もいるし、馴染みになっている人や顔見知りになった他の作家さんもいて、その人たちとのおしゃべりも楽しいし。

なんて言ったらいいのでしょう、とっても小さい規模ではあるけれど、これが経済活動の原点なのではないか、って思うことがあります。

なにかをつくる人がいて、それを誰かが気に入って買ってくれる、それだけのことなのですが、作り手と買い手との偶然の出会いというのがあるのです。一期一会というのはこのマーケットにもいえることだと思います。

お客さんのほとんどは豆本に興味があってマーケットに来るわけではない、たまたま通りがかったら豆本があって、ちょっと手にとって、店主(わたしのことです)のおしゃべりを聞かされて。

こういう世界があるんだ、と驚かれるお客さんがたくさんいらっしゃいます。手作りといっても、その種類も分野も千差万別で、そんななかでも「豆本」は珍しい方かもしれません。むしろその珍しさがありがたいことなんだと思っています。

本をつくる、確かに簡単なことではありませんが、やりがいを感じる仕事です。普通に書店で買える本ではなく、世界に一冊だけの本、わたしだけの本をつくる手伝いができたら......今後はこういった形での活動をして行きたいと考えています。

今回のマーケットでもそうでしたが、自分の思い描いた形で装幀を施し、完成された本は、それで商品として「できあがって」しまっているのです。だから、お客さんはそれを「商品」として買うしかない、のです。

そうではなく、「あえて」完成させずに、途中までしか作らずに、サンプルとして見ていただく、そして気に入った本があれば、あるいは、文章なりイラストなり原稿があれば、それを本に仕立ててお届けする、そういう関わり方を考えています。

これまで何人かのお客さんにはこのようにして本をお届けすることができました。お気に入りの布地があるからと、それで装幀を施して納品した本もあります。

お客さんの元に届いたときに、良い意味で期待を裏切る作品を作ること。これは、大規模な商業出版ではできない事だと思います。
手作りだからできること、それをもっともっと考えていきたいと考えています。

百歌繚乱(その3)

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先日の日記にも書いた「対訳小倉百人一首」の第一集4冊のお披露目。昨日の「手創り市」の当日朝にようやく表紙をつけて装幀が完了。

先々週に図書館で英訳本を借りてきて、すぐに入力に取りかかり、その後印刷して仮製本。先週の前半は本と照らし合わせながら校正作業を行う。金曜日に印刷、裁断を行って、土曜日の朝かがる為の穴をあける。それからかがり作業、化粧裁ちをして、栞紐と花布をつけ、表紙を作って、最後の表紙と本文をつけて一段落。

一冊や二冊ならたいした手間ではないのだが、今回は4通りの訳文(英訳3点と仏訳1点)で、それぞれ3部作成したので、合計12冊。

同じ工程をまとめて行うため、折るときはひたすら折り作業、かがりもまた同様にひたすらかがる(一冊あたり約15分、12冊なので3時間)。表紙用のボール紙を切る作業も同様に同じことの繰り返し。

表紙用に準備したのはちょっと雅できらびやかな和紙。同じ柄だが色合いが三色あったので、三部ずつ作ることにした。

表紙の和紙の色に合わせて栞紐も同系色で揃える。なかなかいい感じ・・・

中身が「和」と「洋」の混合なので装幀もちょっとそれっぽく意識してみた。和紙による洋装本、これもありでしょう。

マーケットの最中にお客さんに見て頂いて、外国に持っていくお土産に良いかも、なんて言われて、それもそうだと納得。確かに文学的趣味のある人には喜んでもらえそう。そんなに大きくないのでかさばらないし、見た目も美しいし(自分で言うなって)。

詳しくは書かないが、それなりにこだわった部分がいくつもある。本文紙は真っ白ではなく、クリームがかったもの。もともとは萬年筆の筆記に適したレポート用紙なのだが、印刷の相性が良い。文字の色は黒100%ではなく80%程度にしてあるので、柔らかい感じになっている。綴じ糸も同系色で主張しすぎないように配慮した。印刷したときに、どの本も同じレイアウトになること、ページの裏表が揃うこと、等々苦労はあるのだが、それを語るのは野暮。

最初の歌を右のページにするはずだったのが、左ページ始まりで、右ページ終わりになってしまった。どちらが良いのかは悩むところ。

百歌繚乱(その2)

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昨年末にフランス語訳、ロシア語訳の、今年初めに中国語訳の「百人一首」を購入した。

そのあと、ネットで探した英訳、フランス語訳、ロシア語訳のテキストと日本語の原文とで対訳豆本を作成した。

本がちょっと小さくて、文字が小さいのがちょっと残念。2月の手創り市でお披露目したところ予想外に好評だった。

前の日記にも書いたが、高校の時に英語の先生から英訳本をお借りして百首を全部筆写した。そのノート(レポート用紙)を見ながら入力しようと思ったのだが、誰の翻訳なのか分からないし、筆写時に書き間違えている可能性もあるので中断したままになっていた。

今日、大学の図書館に出かけて棚を眺めていたら同じ本が見つかった。他の英訳が5行になっているのに対して、これは4行になっている。

高校生の時に英語そのものもよく分からずに書き写しながら、何となく古風な印象があったが、外国語に訳された和歌に触れるのは初めてで新鮮な驚きを感じた。

その英訳本。これから入力作業をして、対訳版として本に仕立ててみる予定。特別思い入れがあるので、あまり小さくせずに、「はんぶんこ」サイズで。

書体や装幀にもちょっとこだわって、「愛蔵版」にしてみたい。

実は、もう一冊「百人一首」の英訳本を借りて来た。こちらは250部しか刷られていない限定本らしい。これもまた自分用の愛蔵本に仕立ててみる予定。

せっかくなので、その英訳をご紹介。

どの歌か想像してみてください。

◆翻訳1◆
Upon this sunlit vernal day
The cherry flowers give me pain.
Why on their boughs can they not stay?
Why shower the petals down like rain?

◆翻訳2◆
Why in these spring days
Heav'nly rays so bright and light,
Should blossoms wither
And fall and scatter themselves
As if they were rejected?

◆翻訳3◆
In the peaceful light
Of the ever-shining sun
In the days of spring,
Why do the cherry's new-blown blooms
Scatter like restless thoughts?

◆翻訳4◆
In the cheerful light
Of the ever-shining Sun,
In the days of spring;
Why, with ceaseless, restless haste
Falls the cherry's new-blown bloom?

◆翻訳5◆
THE spring has come, and once again
The sun shines in the sky;
So gently smile the heavens, that
It almost makes me cry,
When blossoms droop and die.

◆翻訳6(フランス語)◆
Ce jour de printemps
à la lumière sereine
du soleil pérenne
pourquoi donc impatientes
les fleurs se dispersent-elles

◆翻訳7(フランス語)◆
Voici le printemps
le ciel est illuminé
par le grand soleil.
Mon cœur s'éparpille autant
que les fleurs de cerisiers.

全部おなじ歌です。

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