2011年3月アーカイブ

香草苑計画

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手のひらに乗るくらいの小さな癒しの世界を作れたらいいなと思う。
カモマイルやラベンダー、ミントの香りが漂うような。

エッセンシャルオイルで香り付けという方法もあるが、そんな洒落たものではなく、ドライハーブを見返しにつけただけでも。

あるいは、ドライハーブを中に忍ばせたキルティング布を表紙にするとか。

中身はなにが良いだろうか?

たくさんはないが、自分で育てたハーブを写した写真とか。

ずっと昔撮った写真だが、気に入っているので久々に。

カモマイルの花言葉は「逆境におけるエネルギー」

『香草民俗誌』のために資料を集めたり、(その中には19世紀のイギリスやドイツの本もある)その資料を読むためにあれこれ外国語に手を出したり、本にまとめるためにレイアウトソフトの使い方を覚えたり小さな本工房を立ち上げたり(まだまだ名前だけだが・・・)みんなバラバラだったものが、だんだん一つの形になっていくような。

小さな香草苑、いつお披露目できるか分かりませんが、いつかきっと。

それから、4月17日の「手創り市」に出展できることになりました。

それまでになにか少しでもできたらいいなと思っています。

工房通信(3月)

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今月20日の鬼子母神「手創り市」に出店します。 (野外市のため天気によっては中止です。当日サイトで確認して下さい。)
↓手創り市のサイト
http://www.tezukuriichi.com/home.html

先月の手創り市で注文を受けた豆本を納品。無事に届いたとの連絡を頂く。気に入って頂いて、こちらも満足。

マーケット会場での販売ではなく、表紙を依頼主の希望に応じてつけることを説明したところお気に入りの布があるとのことなので、これを送ってもらい最後の工程を施す。

完成品としてその場で購入して頂くのとは違い、お客さんのイメージする「本」を製作するので、余計に愛着を持ってもらえそう。

完成品としてマーケットで購入してもらう商品は、私が施した装幀。
それなりに工夫はしているつもりだが、お客さんの好みと一致するかどうかは分からない。

以前、イベントで展示販売したときに、お客さんがふともらした一言。本文の紙はこっちが良いけど、表紙は別の本の方が気に入っている......

この時は同じ内容の本を十数冊、本文紙は二種類違ったものを使った。表紙はそれぞれが違う布地で装幀した。

手作り品なので、ある意味「同じもの」は二つとない。印刷してある本文の内容は同じでも、紙の種類によって仕上がりが違う。それから栞紐や花布の色、そして表紙の素材(紙か布か)や色、配色......

本のサイズや紙質、花布と表紙の配色、表紙のイメージは希望を聞くことでより愛着を持ってもらえる本をつくる、こういった関わり方のほうが楽しい。お客さんの立場からみても、商品を買うだけでなく、好みや素材を伝えることで「オーダーする」ほうが楽しいし愛着もあると思う。

究極は本の中身から製本、装幀までを依頼主から請け負う。いまのところは簡単なものだけだが、それに応えられるだけの力を持ちたい。

本作りの守破離

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いろいろな芸事や武道の世界で使われる表現に守破離というのがある。
まずは徹底的に師匠の教えをたたき込む。ある意味型を身につけるということ。これがなければ破もないし、まして離もあり得ない。

本を作っていて時々思うことがある。果たしてこれで良いのだろうか......

確かに完成したものは「本」と呼んでも問題はなさそう。でも、本のことについて誰から習ったわけでもなく、技法書を通して学んだだけで、あとは自己流なのだ。

こんな状態で、人前にさらしても良いのだろうか、また、それを商品と称して並べても良いものかどうか。本当なら、長く厳しい修行を経てようやく一人前という世界なのに、いとも簡単に「それらしいもの」を作って職人気取りになってはいないか。いつも頭の片隅にそんな想いがよぎる。

師匠や競争相手がいるのといないのとではまるで違う。
独りものづくりに励んでいると、ときに満足し、ときに失望し、一喜一憂の繰り返し。

本作りに関してはまだまだ修行中の身、しかも独学とあれば普通よりももっともっと時間がかかるのは当然のこと。まだまだ型どおりの作業をこなすことに精進しなければならない。

いま考えるべきことは、独創的な本を創ることではなく、基本に忠実に作業をすすめること。オリジナリティはその後で考えればいい。
あんまり「手軽に」とか「気軽に」というのは敷居を低くしているようで結局はお遊びになってしまうのではないかと心配になってしまう。

型ができあがっていないうちは勝手に突っ走ってはいけない、これはどの世界にも同じことのように思える。

そういえば、語学についても同じだと、ふと思った。

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