2010年7月アーカイブ

工房通信(7月)

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豆本フェスタで注文を受けた豆本がようやく完成した。

本来ならばイベント前に完成していて、その場で買ってもらうべきところだが、商品が間に合わずに苦肉の策として「受注生産」方式にしてしまった。考えようによってはどの本が売れるかがわかるので、売れ残りによる無駄な在庫を抱えなくて済むのだが、逆に考えると負担は大きいかも知れない。

イベント会場で手にとってもらい、気に入ったら購入してもらう方がずっと楽だ。サンプルを見てもらって、後から製作するというのは案外しんどい。こんなことならもっと早くから準備に取りかかるべきだったと反省。

100%満足できるようなものはまだできない。どこかしら不満が残る、それでも納品してしまって良いのか正直悩むところ。

何種類かの豆本を併行して作っていたためちょっと盛りだくさんな感じ。
長くも短い1ヶ月だったが、色々な種類の豆本ができあがって、いかにも工房らしくなった。
これから依頼主に発送する予定。満足してもらえれば良いのだが......

「実用的豆本」のこと

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注文を受けた豆本の大半を納品し終えた。まだ制作途中のものもあるので、完全に終わったわけではないが。

5月にも書いたが、某雑誌に自作豆本の紹介と製作について綴った文章が掲載された。
豆本作りのこだわりや思いの丈を綴ればいいということだったので、これまで書いた自分の文章を第三者の視点で読み返してまとめてみた。締め切りが迫る中、ほぼ徹夜で書き上げたため、自分で読み返すのも恥ずかしいくらいだったが、編集者さんのおかげで何とか形にはなった。

この作業を通して、なぜ豆本を作るようになったのか、その楽しみや工夫や苦労話などあれこれ考えることができた。
ものをつくるという作業は色々なことを学ぶ機会になる。手順を考えて、効率よくすすめるための段取り力が求められる。一つ一つの工程を丁寧に、正確にこなすにはちょっとしたコツがある。このあたりのことを具体的にまとめたら案外役に立つかも知れない。

別に豆本でなくても普通の本であっても変わりはないのだが、掌に収まるサイズは、実用的見地から見ても意味があるものに思える。私は小ささを追求する気はないし、役に立たないものを作るつもりもない。
ただ、自分がほしいものを作る、それだけ。

イベントに参加するとなると、それだけでは足りないので作品だけでなく商品も準備しなければならない。そして注目されるのは商品のほうばかり。悪いことではないがなんとなく違和感を覚えることもある(こんなことを考えても仕方がないのだが......)。

本当のことを言うと、本作りについて正式に習ったことはない。レイアウトソフト(InDesign)の使い方も独学だし、テキスト編集のために正規表現を覚えたりもした(未だに使いこなせないが......)。製本の仕方も書物を見ながらの独学、なので正しいかどうかもわからない。

こんな状態で作品や商品と称して人前に並べても良いものか、お金を頂いてもいいものかときどき悩んでしまう。ある意味では励みにもなるし、自信にも繋がるのだが、そうでないときもある。勿論、いい加減なものを作って人前に出す気はサラサラないのだが。

自分の目指すものは「実用的豆本」であり、「本の形をした雑貨」とは区別したいのだが、そこまでムキになることもないのかも知れない。手に取ってくれた人が喜んでくれるならば、雑貨も悪くないのだが、こだわりは捨てたくない。

雑誌が発売になった翌日の朝、拙文を読んでメッセージを寄せてくれた人がいた。紹介文と共に載せた写真に注目してくれたのだ。
それは『フランス語動詞活用便覧』に対するコメントで、そのメッセージを送ってくれたのはこの豆本の着想の元になった本の著者である大学の先生だった。著作物を勝手に豆本にしたことに対するお叱りかと思いきや、好意的なコメントで、実物を見てみたいとのメッセージだった。
試作品をお届けし、その後周囲の人の意見も聞いて回って下さったとのこと、好意的な評価を得られたとのコメントを頂戴した。

学生時代の専攻が語学系だったので特にそう思うだけなのかも知れないが、語学の習得にはこの大きさの本が役立つような気がする。普通のサイズの教科書も勿論大事だが、この掌版は案外いけるのではないか。

世の中がどんどん便利になっていき、紙の本から電子書籍に変わっていくのではないかと言われているが、紙の本、そして「実用的豆本」の価値は解る人にはわかってもらえるのではないかと、そう信じている。

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