2010年3月アーカイブ

翻訳詩・集

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分かりにくいかも知れないが、「翻訳+詩集」ではなく、「(翻訳+詩)+集」という意味あい。

むかし外国文学の翻訳書を集中的に蒐集した時期がある。特定の作家では、シュティフターであり、シュトルムであり、アイヒェンドルフなど。

その作家のものなら何でもというのではなく、一作品に限定して集めたものもある。ギッシングの『ヘンリ・ライクロフト』やヘッセの『ヴァンデルング(放浪)』がこれにあたる。

そんななかで自分でも呆れてしまうくらいなのが「シュトルム・コレクション」

以前、シュトルムの詩「ヒヤシンス」の翻訳を読み比べることができる豆本版翻訳詩集を作ったことがある。全部で7通りの翻訳を一冊にまとめたもの。

初めて見た人は、最初「?(はてな)」と思うが、状況が分かれば、「!(なるほど)」となるしくみ。
それよりも以前に、「みずうみ(Immensee)」の中にある一篇の詩を読み比べるために、この部分の翻訳を集めてみたことがある。それが途中になっていたので、週末に作業に取りかかった。
入力して印刷したものが残ってはいるのだが、デジタルデータが見当たらず、やむなく全部を最初から入力することに。

書棚から一冊一冊取り出し、書見台に本をのせて入力する。古いものは大正時代、それから昭和20年代のものが多い。もともとのテキストにできるだけ忠実に、旧仮名遣い、舊漢字で入力する。案外手間がかかってしまった。

昼すぎから始めて、夕方にはなんとか入力作業が完成、現段階では27通りの翻訳が集まった。
同じ訳者による翻訳でも、版によって違うこともあるので、それを加えたらもう少し増えそうな気がする。A7サイズの豆本用に仕立て、ミニ5穴のシステム手帳に綴じる。

これから原文との照合作業をしなければならないので、今の段階では仮製本というわけ。この作業は、暫く間を置いてからでも良さそう。

さて、古い翻訳を眺めていると、昔のものほど文語調で訳文に凝っているのが分かる。五七調や七五調になっているものも多い。

原文は一つなのに、訳によってこれほどまで違うものかと驚くばかり。
読み比べて見ると、なかなかおもしろい。

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