2009年6月アーカイブ

洋古書のにおい

| コメント(0) | トラックバック(0)

ちょっと自虐的に・・・自分は現代人ではないと思うことがある。

同世代の中に、携帯電話、運転免許、そして旅券の三つとも無い人など、ほとんどいないのではないかと思う。

旅券は一応持っていたが、今は失効してしまっているので意味がない。

よくよく考えてみると、大学で外国語を専攻し、一応その国に行った事も何度かあるが、そこで生活したり勉強したりという経験は無い。1回の滞在期間もせいぜい一週間から十日程度だし、あちこち見て回ることもほとんど無く、書店巡りをしていただけだったり・・・

それでも、卒業してからもそれなりに関わりを持っているのが不思議なくらい。

いつだったか、自分は19世紀人だと言ってみたことがある。

そういえば、集めている本が19世紀のドイツ文学の翻訳書だったり、ジェフリーズ(Richard Jefferies)の自然随想だったり、あるいはGissingの "Henry Ryecroft"(これは1902年だそうだが)だったり不思議と20世紀のモノを通り越して、19世紀のモノが案外多いような気がする。

1900年以前の本も(専門家でないことを考えたら)異常に多いかも。100年以上前に発行されたヨーロッパの本が並んでいる書棚は、そこだけが異空間という雰囲気が漂っている。時間も空間も超えて、いまここにあるというのが不思議なくらい。

他の書棚にある本は昭和20年から30年代にかけて出版された翻訳書。これも自分が生まれる前に出た本なのだが、あちこちの古書店で買い集めたモノ。この棚を眺めると、自分の年代よりも遙かに上の世代であるかのような気がしてくる。

久しぶりに洋古書の書棚から何冊か取り出してみた。ジェフリーズの自然随想、19世紀の植物図鑑、植物民俗誌の本、挿絵の入った花言葉の本・・・

紙の質感、活版印刷の鮮明さ、装丁の美しさ、紙や皮のにおい、ページの間に挟まれた四葉のクローバーや木の葉、新聞の切り抜き、本の扉に書き込まれたメッセージ・・・

これらは新刊書では味わうことができない古書ならではの魅力。

最近の本は、なんとなく一過性のモノのような気がする。変な喩えかも知れないが、なんとなく、デジタルっぽいところがある。これに反して、自分の中ではデジタルよりもアナログに向かっているような。

PCは必需品ではあるが、最近は本を作るための道具という感覚だし、できるだけPCに頼らずに頭と手を使うように心がけている。

やはり、萬年筆と大学ノートの世界の方が性に合っているのかも知れない。

「檸檬」が気になる

| コメント(0) | トラックバック(0)

丸善創業140周年記念限定万年筆の案内が届いた。

丸善の「萬年筆友の会」に入り、いろいろと情報が届くようになったため。

よくよく考えてみたら、手元にある萬年筆のほとんどがあちこちの丸善で購入したものだ。

仕事用にしろ、勉強用にしろメインの萬年筆が丸善のオリジナルモデルだし、オリジナルモデルと舶来は割引の特典があるので、自然とこうなってしまう。

安く買おうと思えばネットや他の店でも良いのだろうが、きちんと試筆して確認してから購入したいし、安いモノではないので、納得いくものを選びたいという思いがある。

それにしても、「記念」とか「限定」というのに弱い......
しかも「万年筆」だし、「檸檬」というのも心憎い。

発売日は今月の半ば、「大安」の日だそうだ。

これほどの条件が揃っていたら、無視するわけにはいかない。

Powered by Movable Type 5.2.3