「時間をもつ」書物

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昨日の日記で教育のことについてちょっと引用した『晩夏』だが、昔読んだときに鉛筆で線を引いた箇所がたくさんあるので、そのところを拾い読みしてみた。

なんだか癒された気分。一番大切な本かも知れない。いや、一番大切な本だ。
この作品に出会えたことに感謝しなければならないし、翻訳書を集めることができたことに感謝しなければならない。出会ったタイミングが翻訳書を集める最後のチャンスだったと思う。

今はネットでいろいろと探すことができる時代ではあるが、それでも机の上の書棚に並んでいる本を集めきるのは難しいだろう。いま手元にあるシュティフターやシュトルムの翻訳書はほとんどが1990年代に神保町や早稲田の古書店を歩き回って集めたもの。ネットで購入したものはほんの僅かにすぎない。

おっと、話がそれてしまいそう。この『晩夏』という作品について、リルケがこういっているそうだ

「それは、アーダルベルト・シュティフターの詳細な小説『晩夏』です。世界でもっとも急ぐことがなく、もっとも均斉がとれた、もっとも平静な書物の一つです。そして、まさに、それ故に、非常に多くの人生の純粋と穏和が働きかける書物です。あなたがまだ "時間をおもち" にならなければならない間は、幾時間か、この小説に耳をお傾けになるのがよろしいと思います。と申しますのは、この書物も時間を持っており、あたかもこの世には急き立てたり、慌ただしい思いをさせたり、おびやかしたりするものがないかのように、いわば、永遠の生の節度をもっているからです。......(この小説は、物静かな穏やかな人によって、ゆっくりと朗読されなければなりません)」

(『晩夏』の訳者による解説から)

まさに「今」が晩夏の言葉に耳を傾けるべき時なのかも知れない。そう考えると、病気とはいえ「時間をもっている」今がなんだか贈り物のように思えてくる。

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