2008年8月アーカイブ

『晩夏』再読

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これまでも何度か書いたことがあるが、一番のお気に入り作家はシュティフターで、日本語に翻訳された作品の多くを蒐集している。(翻訳書のすべてではないが、主なものはだいたい揃っているはず)

コレクションの中には、同じ本が二冊以上手元にあることもあるので、田舎に置いて、帰省したときに読むことができるようにしている。そんな中の一冊が、『晩夏』の全集版。実はこの本、むかしずっと通勤鞄にいれて持ち歩いていたため表紙がはずれてしまい、自分で装丁しなおしたもの。所どころに鉛筆で線が引いてある。

去年の夏に帰省したときに、この本を田舎に持って帰り、どうせ同じ本があるのだから(手元にあるのは新品同様のもの)と言う理由で置きっぱなしにしていた。

『晩夏』はこの全集版のほかに、文庫版も出ているので、通勤途中でで読むならばむしろ文庫版の方が読みやすいのだが、なぜかこの一年間はほとんど手にすることがなかった。

帰省の折りに、鉛筆の線が引いてある、自分で装丁した全集版を持ち帰って、一年ぶりに行き帰りの電車の中で読んでいる。

非常に懐かしい感覚。

二段組みで500ページもあるので、決して軽いわけではないが、電車の中で読むにしても、はやりこちらの方が良いようだ。10年以上前から何度か読み返しているので新鮮な感じがあるわけではないが、書かれた言葉ひとつひとつが懐かしいし、線を引いた箇所を読み返すと当時と今とで同じように感じるのか、違っているのかが分かり興味深い。

むかし、『晩夏』のなかの表現を集めてノートを作ろうとしたことがあった。そういえば、これも豆本作りのきっかけの一つだったことを思い出した。

ドイツ語で書かれた『シュティフター語録』が手元にあるのだが、大部分は『晩夏』と書簡から集められたものであるのをみてもいかに深い作品であるかがうかがえる。

ちなみにこの作品、他の人には薦めたいけど、敢えて薦めたりはしない。なぜなら長編小説として読むと、面白いところがほとんどないから。

でもある種の教養書として読むとはまってしまう、自分にとってはこんな本なのだ。

職人にあこがれる

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先日、日常使いの万年筆をまとめて調整してもらった。1本は不注意で落としてしまい、ペン先にずれが生じてしまったもの。

さすがは職人、ルーペでペン先を確認すると、ヤスリを掛けたり、指先でちょっと直したり、試し書きをしたりと、あっという間に元通りに直してしまった。

ついでなので、他のものも見てもらい、それぞれ調整してもらった。以前はこの程度だろうと思って使っていたものが、まるで別のもののように書きやすくなったのには驚いてしまった。

話によると、店頭で買ったままの状態でなく、調整した方が格段と使い勝手がよくなるとのこと。確かにその通りだと身をもって実感した瞬間だった。

なにせ万年筆一筋50年というから、ちょっと見て試し書きをしただけですべてを見抜いてしまう。そして調整したあとはまるで別物のように生まれ変わる。

思わず、魔法だ、などと叫んでしまったが、職人曰く、魔法ではなく技術だと。技術に裏付けられた自信と誇りを目の当たりにして、職人と呼ばれる人達に対する敬意と羨望を感じた。

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