アンカット(古書の話)

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古い洋書を買うと、時々ページが裁断されていないモノがある。

もともとこういう本は、ペーパーナイフでページを切りながら本を読んでいく。なので、単純に文字を追っていくだけでなく、1ページ1ページを読み進めるためにペーパーナイフで切っていく作業がともなう。

一度読んだ本は当然ページが切られているわけだから、初読のときのみに可能なことなのだ。本によっては、もったいなくて読むこともできずにいるモノもある。

手元に、そのような本が何冊かある。書棚には並んでいるが、まだ読んでいないことを告白しているようなものだ。まぁ、手元にあるモノはいつかは読むことができるわけだから、そのときを待つとしよう。

このような本は、今の本と違って、ページの大きさが微妙にずれていたり、ナイフを入れたときに切り損ねたりして、そろわなくなったり、それはそれで味わいがある。

日本の古書でもアンカット版があった。シュトルムやシュティフターの翻訳書でもアンカットのモノがあって、それを読んだときは、ほかの本を読んだとき以上に思い出深い印象が残る。

特に思い出深いのは、シュティフターの『遅咲き』という本。小型のハードカバーだが、入手したときはアンカットの状態だった。その頃、仕事で忙しくとても本を読む余裕などなかったのだが、この本のために、わざわざペーパーナイフを買ってきて読んだ。

熱い紅茶を準備して、お香を焚いて、音楽をかけて、......まぁあれこれ準備をしてから、本を読む。

読むだけだったら電車の中でも、公園のベンチでも、どこでもかまわないのだが、このような本を読むと時は、それなりの演出もしてみたくなるものだ。

自分で豆本を作るようになって、ページの構成が分かるようになったら、このアンカット本を作ってみたくなった。ページを切りながら読み進めていく、なんだか秘密めいた世界があるように思える。

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