語学(その2)

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昨日の日記に書いた「語学はやり直せる!」と並行して読んでいるのが「わたしの外国語学習法」という文庫。

これもだいぶ前に読んだ本だが、気になったので再読中。この本では「読むことから始めよう」と読書による学習を奨励している。自分の立場もだいたい同じなので、共感がもてる。

必要であれば、話すことや書くことも覚えなければならないが、さしあたり必要なのは本を読むことなので。

この本にこんなことが書いてある。

Man lernt Grammatik aus der Sprache, und nicht Sprache aus der Grammatik.
「言語から文法を学ぶのであって、文法から言語を学ぶのではない」

なるほど、全くその通りだ。

そして、こんなことも。

言語の荘厳なる大寺院は、文法なしで築けるものではありません。語彙なしでもできないように。私たちはただ、自己目的化した≪文法主義≫に反対しているだけです。その無効性は、すでに前世紀の経験によって完全に証明されたはずです。

さて、両極端がわたしたちの前に横たわっています。昔の学校が目的にまでしてしまった、そして現代の学習者が手段としてさえ受け入れたがらない文法です。

真理に導いてくれるのは、その中ほどの道です。それは、自らの体験を通して遅かれ早かれ誰もがたどり着くだろう道です。

確かに文法そのものが目的になってしまってもいけないし、手段として受け入れないというのも問題だ。避けて通れないのは事実だし、文法なんて無視してそのまま覚えろといってしまうのは暴言に等しい。
どう向き合っていくか、どうつきあっていくかはよく考えてみる必要がありそうだ。

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