2008年4月アーカイブ

鉛筆、箸、小刀

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愛用の萬年筆、なかなか書き心地が良い。おかげで勉強もはかどる(かどうかは別問題だが......)。

確かにほかのペンに比べて、大量の筆記でもそれほど疲れない。ボールペンやシャープだったらきっと疲れて途中で投げ出したに違いない。

ところで、万年筆のサイトや本を見ていたら、ペンの持ち方がどうやら他の人と違っているらしい。小学校のころから、変な持ち方してる、って指摘されたことがあったが、気にすることもなく、そのままの持ち方をしてきた。意識してお手本通りの持ち方をしてみようとすると、力加減が分からず、きちんと書けなくなってしまう。

意識してなおした方がいいのだろうか、それともこのままでもいいのか......

ところで、持ち方といえば、ナイフの使い方もちょっと違っているらしい。

とくに果物ナイフでリンゴなどの皮をむくときのやり方が違うのだ。小学校の時に干し柿用の柿をむく作業を通して覚えたのだが、もう何年もこのやり方なので、教科書にあるようなむき方がうまくできない。やってやれないことはないのだが、どうしてもぎこちなくなってしまう。

別にいままで皮をむいていてけがをした記憶はないので、直すのも難しいだろうし、その必要もないかなと思う。

ナイフや肥後守で鉛筆を削るのは自信があるし、正しく使っているつもりだが、ひょっとしたらこれだって違うかもしれない。

箸の持ち方についてはきちんと教わったので、人前でも恥ずかしくはないつもりだ。それにかなり器用に操る自信はある。

豆本作りなどの作業をしていると、さぞや器用なのだと思われがちだ。確かにそういった面もあるにはあるが、自己流で凝り固まってしまったところもあるということだ。

独学ゆえに知らないまま癖がついてしまったり、間違って覚えてしまっていることがほかにもあるかもしれない。

そう考えると、どんなことでも、最初はきちんと習っておくべきなのではないか、きちんと教えてくれる人のもとで学ぶべきなのではないか、と、そんなことを考えてしまう。

古書と香草と紅茶のある空間

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他の日記のコメントに書いた「古書と香草と紅茶のある空間」、夢というかあこがれの空間なのかもしれない。

昔、お茶の水に紅茶専門の喫茶店があった。神保町の古書店巡りのあと、気に入った本が見つかった時などはこの店で1時間、時にはそれ以上過ごした。

紅茶の専門店だけあって、きちんとした紅茶を飲ませてくれる。店内はちょっと照明を落としてあるが、それでも本を読むことはできる程度だし、流れている音楽はバロックだったと思う。壁面には壁を圧迫しない程度に額に入った絵だか版画が飾ってあった。

そんなに頻繁に通ったわけではないが、なにか特別な時間を過ごすことができる空間、隠れ家みたいなところだった。

ふつう、一人で喫茶店に入ることはしないが、ここだけは一人で過ごすことの方が多かったと思う(だから隠れ家的なところってわけなのだろう)。

外で、しかも一人で過ごす場所を見つけるのは簡単なようで難しい。誰かとおしゃべりしたり、食事をするためでなく、一人で過ごしたいのだ。気に入った本を持っていって、そこで読書をしたり、
思い浮かぶことを書き留めたり、あれこれ考え事をしたり......

タイトルにある三つのアイテム、古書と香草と紅茶、もし加えるならば、お香と静かな音楽もあるといいかも。ついでにおいしいお菓子があったら言うことなし。あれあれ、だんだん贅沢になってくる......

古書店と喫茶店が一緒になった店があるらしい。雑貨屋さんに古書が並んでいるところもあると聞いた。だったら、三つのアイテムが一緒になった空間があってもおかしくない。

考えるだけなら、何でもできそうな気がする。事実、部屋の中にはこれらがそろっているではないか。結局は自分の部屋が一番落ち着くということか。(きちんと整理整頓されていれば・・・の話だが。)

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