2008年3月アーカイブ

雑木林のモーツァルト

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先週、串田さんの本を見つけてから、書店巡りの愉しみがまた増えた。というわけで、今日はこれまでは滅多に入らなかった書店や、棚を眺めてみた。

あまり時間もなく、くまなく探すわけには行かなかったが、見当をつけて入った書店で数冊ずつ並んでいるのを発見してしまい、古書熱(蒐集病)がちょっと心配。

ネットで検索したら、かなりたくさんの本があることが分かった。値段の比較も在庫の有無も簡単に分かるし、その場で注文して、あとは届くのを待つだけなのだから、ネットは便利だと思う。

でも、探し歩くたのしみがなくなってしまうのはちょっと寂しい気がする。たまたま入った古書店で偶然に見つけることだって時々あるし、それが安かったら嬉しさだって二倍三倍にもなる。安いとか高いとかよりも、やはり実際に手にとって買うかどうかを判断したい。

今日、たまたま入った書店で朗読のCDを見つけた。「串田孫一随想集」というもので、西沢利明氏の朗読によるもの。

「雪の谷あるき」、「山の歌」、「雑木林のモーツァルト」、「分教場のバッハ」、「天使の翼」、「古い夜」の6篇の随想が収められている。

手元にある数冊の本にはこれらの作品はなかった。CDには随想を収めた冊子がついていたので、これを読むこともできるが、文字を追うのではなく、朗読に耳を傾けるのもわるくない。むしろ、読むよりも聴くほうがイメージしやすいのかもしれない。

そういえば、韓国語を勉強していたときも詩の朗唱テープを聴いていたし、法頂スニムの随筆を朗読したものを聴いて、より理解が深まったように思う。

◇「雑木林のモーツァルト」の中の一節

何をするにも尤もらしい理由をつけたがる人間は、散歩をするにも健康のためとか、少し頭を休めようと思って、などと言う。結局は、ぶらぶら歩いているようでも無駄な時間潰しをしているのではない、と自分を納得させるだけである。

私は無為の時を貴ぶ。無為の時を持て余すことが出来ないので、何もせずに時を過ごす悦びを、もっと上手に味わいたいと思うだけのことかも知れない。目的もなしにただ歩いていれば本を読むことも出来ないし、絵を描いたりする訳にも行かない。ただ、机の上に置いて行けないのは考えることである。そして感覚が思考を刺激する。......

◇引用ここまで

そう、「無為の時」っていいなぁと思う。こんな時間を持つことが出来れば、それが贅沢なのかも知れない。

今日は朗読を聴きながら休むことにしよう。

爽やかな祈り

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例によって土曜日恒例の古書展巡り。

今日は串田孫一さんの本を4冊。
『回帰』昭和50年、創文社、(毛筆署名入り、初版)
『牧場の星』昭和51年、白日社、(毛筆署名入り、初版)
『旅の断章』昭和51年、白日社、(毛筆署名入り、初版)
『随想集 氷河の星』昭和52年、白日社、(毛筆署名入り、初版)

串田孫一さんの本は、これまでも何冊かぽつぽつと買い集めていたが、今回はちょっとまとめ買いしてしまった。どれも毛筆による署名があるのも嬉しい。

去年の夏に見つけた『街を歩いた日』という小さな本がある。これにも署名があったので、今日手に入れた本が初めてではないが、お気に入りの作家や作品に著者本人の署名があるのは、なにか特別なものといった魅力がある。

帰りの電車で何ページか読んでいたら、こんなことが書いてあった。

買った古本のあいだから四葉のクローバーが出て来た。既に絶版となっていたその文庫本を見附けられたことがそもそも幸運であったのに、読み進んだ頁のあいだから、更に幸福な未来を予告するように現われた。

クローバーはもう褐色になって、緑色に見える部分はどこにもなかったが、それはそれなりに腊葉としての美しさがあった。この本の最後の頁には、鉛筆で大層つつましく、一九三六年春読了と書いてあったが、仮りにおなじ人がこれを摘んで挿んだとすれば、クローバーの葉は三十数年のあいだそこに眠っていたことになる。

緑の草原を歩きながら、たまたま見付けたこの葉によって、幸福に目ざめたものが、沈む心をもてあましていた青年であろうと、寂しい影のような少女であろうと、今は昔を忘れて静かな日を送っていてくれることを祈る。見知らぬ人の幸福をねがう気持は爽やかな風のようである。

1頁1篇の短い文章だが、これを読んで、手元にあるドイツの古書を思い出した。

ドイツから送られてきた百年以上も前の本。この本にも四葉のクローバーが挿んであった。本には持ち主と思われるサインがあったが、この人が挟んだのだろうか、あるいは他の人が、それはどんな人だったのだろう......さすがに百年以上前の本なので、持ち主が生きているとは考えられないが、前の持ち主は幸福だったに違いない。

今の持ち主が幸福かどうかは何ともいえないが、次にこの本を手にする人には、本の来歴をそのまま伝えてあげたいと思う。

Mein Deutschとウリ・ハングル

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土曜日恒例の古書店(古書展)巡り。神保町の古書会館で毎週末に開催されている。

一通り棚を眺めて、二巡目。雑誌を綴じるファイルに"MEIN DEUTSCH"と書いてある。これはもしや......

中身を確認すると、予想通り「基礎ドイツ語」という雑誌。関口存男主宰の語学雑誌で、昭和31年「7号」から「12号」までの6冊。「1号」から「6号」までのファイルも探したが、残念ながら見つからず。でも6冊まとめて500円とは格安。何年か前に昭和10年頃の「月刊ドイツ語講座」を3冊、昭和17年の「月刊講座ドイツ語」を9冊見つけたが、そのときは1冊が500円だったから、掘り出し物と言える。

この6冊の中に、「独文和訳あの手この手」という6回の連載記事があった。心得るべき6つの原理が紹介されている。
1 独文和訳は日本語になっていなければならない
2 意が足りないよりは、むしろ意の余る方をよしとする
3 巧みとは、こまかいニュアンスを捉えることである
4 語学的にこだわるべき所は、徹底的にこだわること
5 辞書に満足な訳語をもとめるのは無理である
6 何が書かれているか、その内容にピントを合わせること。
といった具合。

ドイツ語に限ったことでないし、今の時代でも通用するはず。

巻頭随想にこんなことが書いてあった。
先日ドイツ語史の本を読んでいて、unsere Spracheという言葉の前ではっと立ちどまってしまいました。ドイツ人のその著者は当然ドイツ語にunserとつけます。けれど私にはそう呼ぶことは許されません。その時何か締め出しを食ったような気がしたのです。(中略)ところが不意にmein Deutschという言葉が心に浮かびました。そうです、mein Deutschでした。今もそうですし、これからだってずっとそうでしょう。(これは山村英子さんの文)
unsere Spracheは「私たちの言葉=ドイツ語」、mein Deutschは「私のドイツ語」ということ。

外国語を学んで感じるのは「分かるようで分からない」もどかしさ。なんとなく理解はできるし、話していることも通じるのに、どこか見えない壁というか溝があるような感覚。

そういえば、韓国語では「ウリ」という言葉をよく使う。「ウリナラ(=我が国)」、「ウリマル(私たちの言葉=韓国語)」等々。外国人である我々が「ウリナラ」といっても「韓国」ではないし、「ウリマル」はいったい日本語なの、それとも韓国語なの?

ところで、このMein Deutschという雑誌、三修社から発行されていたのだが、同じ三修社から韓国語学習誌が刊行されていた。1985年春から2年間。手元には創刊第1号(1985年5月号)と最終号(1987年4月号)がある。

かなり充実した内容で、執筆者も錚々たる顔ぶれだった。記事の一部は大学での講義資料としても使われた。当時としては画期的な雑誌だったと思うのだが、今の韓流をみると、長い時間が流れたように感じる。

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