シュティフターをもう少し

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「習作集」という作品集のなかに「曾祖父の書類綴じ」というのがある。

この中に温厚な大佐のエピソードがあるのだが、実にしみじみとした味わいがある。この大佐、昔は賭博好きで、血の気が多く、金遣いの荒い、謂わばどうしようもないような人間だったのだが、あることによって穏やかな、穏和で温厚な人間に変わっていったのだ。

その方法とは・・・

「それは、誰でも現在のあるがままの生活を、心に浮かんだ考えを、ありのままの事件を書き留めるのです。そして封印をして三年か四年したら開いて読むという誓いを立てるのです。ある年配の戦友が、私もその場に居合わせたのですが、ちょうど恋愛問題で悩んでいたあるうら若い女性に笑いながらこのやり方をすすめて、こうしたケースでは効果があると話していたのです。わたしも一緒に笑ったのですが、心の中では自分も試してみようかと考えました。――それ以降このことを話してくれたいまは亡きその人と、その人に正しき時にそれを語らせた偶然に、わたしは幾度となく神様の恵みを祈りました。」

というものだ。

はじめてこの文を読んだとき、なんだか「分かった」ような気がした。

大体、日々のシゴトや生活で悩んでいることなんて、次の日や次の週には解決していたり、好転していたり、どうでも良いことになってしまっているものだ。なぜ、こんなことで悩み苦しまなければならないのか、そう考えると、悩み、苦しみそのものがばかばかしく思えてくる。もちろん、そう単純なモノではないが、あまり悲観しても仕方がないのかも知れない。

他のシュティフターの作品にも、穏和で善良な人々がたくさん出てくる。『晩夏』の「薔薇の家の主人」、『ブリギッタ』の少佐、『石灰石』の牧師、『森の小径』のチブリウス......。

みな善良な人たちなのだが、それぞれに人間くさい過去がある。最初から穏和で温厚なのではない、むしろ若い頃には激しい性格だったのだ。それが年と共に穏やかになったのか、あるいは何か別のきっかけによってまるくなったのか。

年をとっても穏やかになれない人もいるようなので、やはり心がけの問題なのかも知れない。

自分もこの人達のように老いたいと、まだ不惑にも届いていないのだが、そう思う。

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