外国語学習の独り言

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変なタイトル......
豆本を作るようになったきっかけが、なんとも普通ではない。満員電車では混雑しすぎて本が開けない、だったら本を小さくしてしまえば良いではないか、なかなか素晴らしい発想の転換だ。そう、なければ作ってしまえばいいのだ。

というわけで最初に作ったのは、英独ハーブ名辞典。学名と英語、ドイツ語のハーブ名が並んでいるだけのシンプルな単語帳みたいなもの。次は植物の夢占い辞典。100年ぐらい前の植物民俗の本(英語)から夢占いのところだけ抜き出して辞書みたいに作ったもの。実用的な価値は全くないが、まぁそこそこの出来映え。

おっと、電車の中で読む本はこんなもではなかった。そう、私は意外にも真面目なのだ。
ドイツ語の本を読みたい、この目標のために数年前からドイツ語を独学している。話すことも書くことも興味がない。とにかく読めれば良い。そこで選んだのが『関口・初等ドイツ語講座』というテキスト。全部で3冊もあるのだが、真面目にやる価値はある。読本の部分だけを電車の中でも読むことができるように豆本にした。これを通勤電車の中で読んでいる。

むかし別の言語を専攻していたのだが、その経験からいえば、「読めるようになる」ためにはひたすら読むしかない。勿論そんな容易なことではないが、読みたいものが実際にあるというだけでも幸せなことではないか。100年も前の植物民俗の本、薬草の本、シュティフターの作品、それからそれから......

ところでドイツ語の教材は全部関口存男先生のもの。『初等ドイツ語講座』、『新ドイツ語大講座』、『新独逸語文法教程』等々。
「語学の勉強をあらゆる角度から」という文章があるが、こんなことが書いてある。
第9問:文法というものは、どの程度まで必要なのでしょう? 殊にドイツ語をやる者は、文法というものを非常に重要視する傾向があるようですが、これははたして正しい考え方でしょうか?
答え:『文法がわからなければドイツ語は全然わかるわけがない?文法がわかったところで、それでドイツ語がわかったわけではない』?まずこんなことになるでしょう。よく噛みしめて考えてください。

よく噛みしめて考えよう。

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